第13話

「まずは、そなたの名を聞いておこうかの。

 その前にアタシの名前だ。

 アタシはツバキと呼ばれておる。」


 ツバキと呼ばれる竜。

 先程までの少女の姿ではなく、広い部屋を埋め尽くすばかりの真紅の竜が名乗る。

 平家の割には天井が高いと思ったが、なるほどこの高さでも足りないほどの巨体だ。


「ご丁寧にありがとうございます。

 俺の名前は、綾人と言います。」


 見上げていた目線を下げ、軽くお辞儀をしてみる。

 デフォルメさてれいない、巨大なドラゴン。

 瞳の色は金色で、呼吸するたびに部屋が震度する。

 もう見るからに捕食者の象徴たる爪が、目と鼻の先にある。

 鱗の一つ一つが、照明の明かりをキラキラと反射している。

 しかし、よく見ると一部はマダラ模様に変色して陰っている。


「目ざといの、もうアタシの症状に目気がついたか。」


 視線を感じたのか、変色した部分を爪でなぞる。

 次の瞬間には、もう先程の少女の姿に戻っていた。


「あまり綺麗なものじゃないのでな、人型の姿に戻らせてもらう。」


 俺もその方が喋りやすいので、少し歩みを進め話しやすい距離をとる。

 あの変色した鱗の部分が、おそらく患部なのだろう。


「別に脅そうと思って姿を見せたのではない、そこのとこ誤解ないよう。

 それでどうじゃ、お主の見立てでは。」



sideツバキ


 竜の姿を人前に晒すのはいつぶりだろうか。

 やはりこの姿だと、相手を威圧しすぎるので元の姿へ戻るとしよう。

 しかし、男は怯えた様子もなく前へと進み出てきた。


「今の患部は、人の姿だとどの位置にあたりますか?

 併せて具体的な症状もお聞かせ願いたいです。」


 按摩師というよりも医者のような発言だと感心する。


「心の臓の近くじゃな、年々範囲が広くなりつつある。

 症状としては、鱗が硬くなりひび割れていく。

 母も同じ病で、この世を去った。」


 そう、アタシたちが生まれてすぐに同じ症状が母に現れた。

 アタシたちが物心つくころには全身に症状が広がり、アタシが竜として一人前になる前に亡くなった。


 その昔も、母の従者たちが方々手を尽くして治療に当たったが、結果虚しく息を引き取ったのだ。

 あの頃からアタシたち家族はバラバラになり、元は一つの村だったのも今では3つの集落に別れて生活してる。

 他の竜は荒んだ生活をしていると聞き及ぶが、この身体になった今は噂を聞く以外の情報はない。


 「それは、ずいぶんとお辛かったでしょう。

 私も幼い頃に父を失くし、物心がつくころに母も行方不明になってしまいました。

 同じという訳ではありませんが、お気持ちを察します。」


 申し訳なさそうに目を伏せる。

 こやつ本当に男だろうか?

 教養のある男はいたが、相手の気持ちを慮り共感する姿勢を併せ持つ者など初めてじゃ。

 今まで見てきた男は、一様に傲慢な態度を持ち、少し脅してやれば泣いて逃げ惑う腰抜けばかり。

 竜の姿を見てもなお、態度を崩さないのは女の中でも村人か、蛮勇しかおらんかった。


 こやつ華奢だが、もしや男に変装した女かもしれんな。

 顔つきも、よく見れば女に似ておる気もしないことも?


「宜しければ、近くへ行き触診させて貰ってもいいでしょうか?」


 尚も接近してくるとは、馬脚を表しよったな。

 そちらが触って確認するなら、アタシも触れて女だと証明してやろう。

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