第5話

side アドリアネ


 あっぶなかった。

 

 失神したことなんて、天使となって数千年もの間に経験したことがない。

 目を覚ますと小娘2人が綾人さんに近づいており、なにやら脅迫されている様子。

 こんな降り立ってすぐに失態を晒しては、女神様に何を言われるか。


 身体を無理矢理に念動力で動かして、ついでに小娘たちの動きも封じる。

 驚いてる、驚いてる。

 この世界の住人では、詠唱なしの魔法なんて理解できないだろう。

 本当は魔法なんかではない。


「是非ともうちの村に来てください。」


 動けるようになってからというもの、ビクビクした態度は残るが主張は曲げない。

 どちらが上か理解しているものの、どうしても村に寄ってもらいたいようだ。

 急ぐ理由もないので私的には、どうでもいいというのが本音だが。


 綾人さんに、この世界に慣れてもらうためにはフィールドワークは良い手かもしれない。


「村一同で歓迎させていただきます、生きた男性なんて私が生まれてから一度も…。」


 時折みせる、そのギラギラした目つきを止めなさい。

 綾人さんは、そのたび残念な生き物をみるような目つきをしている。

 大好物を前に、首輪が邪魔して届かない犬のような目つき。


 私も経験がないとはいえ、ここまで昂っているのもこの世界のせいと言えばそうで。

 男なんて、こんな田舎では出会うことは少ない。

 運良く生まれても周辺の有力者に囲われて、親ですら滅多に会うことはなくなる。

 憐れな性欲モンスターの誕生となるのだ。



side A


「どうします綾人さん。

 近場の街は歩いて1日ほどかかります、今回はこの者たちの顔を立てるという意味で一泊くらいしてみては?

 私としてはどちらでも構わないのですが。」


 アドリアネな本当にどちらでも良さそうな顔をしながら訪ねてくる。


 腰を落ち着けるまで、歩いて1日かかると考えるとこの申し出に乗ってもいい。

 彼女たちの目つきも、これからこの世界で生活する上での予防接種みたいなものだろうか。

 慣れるという意味でも、生活を体験しておく必要はありそうだ。


 快諾とまではいかないが、頷くと少女たちは例えでなく小躍りしながら喜んだ。

 そんなに喜んでもらえると嬉しいが、欲求が丸出しな部分だけが引っかかる。

 しかし、気になる事があった。さきほど上空から見ていた感じではこの近辺に村なんて見当たらなかったことだ。

 村どころか人の手によって切り開かれたであろう土地が、見渡す限り目視できないような大自然。

 どこかに離島でもあるのだろうか、海を見渡してみても、それらしい影はなさそうだ。


「それでは歩いて向かうので、私たちの背中を見て付いてきてください。」


 なんと、徒歩圏内に村はあるようだ。

 それに背中を見て付いてこいと、意味深な注意もセットで。


 移動するときに、さり気なくアドリアネは俺の手を引き歩いていく。

 一瞬だけど、妹の存在を思い出した。

 こうやって手を引いて歩いていた、もちろん引っ張るのは俺の役目で、今は真逆の立場だけれど。

 アドリアネの小さく華奢な手は、そんな妹の手の大きさと似ていた。

 今頃どうしているのだろうか、身内もいないし俺の葬式でドタバタしているかな。

 急に1人で残してきた妹が心配になってきた、もはや遠く離れた世界に来てしまったけれど、神様的な力でどうにか幸せにしてやってくれないだろうか。


「心配に思う気持ちもわかります。」


 アドリアネは落ち着かせるように語り始める、


「ヘラ様は女性を司る神です。

 こちら側の都合で運命を操作された訳ですし、今回はお詫びということで女神の加護を妹様にも付けています。

 寿命以外では死ぬ事はないでしょうし、幸福な人生も補償されるでしょう。」


 こっちはまだ妹の話もしていないのに、心を見透かしたようなことを言う。


「説明していませんでしたが、私たちは運命共同体ですので。

 接触していれば貴方の心を直接聞くことも可能ですよ。」


 サラッと初だし情報だ。

 接触していたら心が読める(一方通行)ってプライバシーとかないな。


「ですので、貴方がマッサージしていたときにコイツ敏感な体質だなと思っていたのはお見通しです。」


 少し手を握る強さが上がった、気にしていたのだろうか。


「あれは私が敏感すぎるのではなく、綾人さんの手が変なんですからね。

 私が処女を拗らせて敏感になっているわけではありません。」



気にしてるじゃん。

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