第2話 足りないどこかのネジ

「おはよー! ……おや? 何かメンテナンス?」

 美奈ちゃんが部室に入って来るなり、いつもと違う感じに気付く。

 部室の片隅で、佳苗ちゃんがタブレットと睨めっこしていた。

 その両脇では私と恵ちゃんが様子を見ている。


 聡美ちゃんはシェリーちゃんを連れて第一軽音部へ突撃中である。


「さすがにアンプとなると回路図は大きいですね」

 そう言いながら開いている画面は、理科の授業で見た回路記号がびっしりだ。

 壊れたアンプをせっかくなので自力で修理してみたいと、アンプの設計図を手に入れてきたらしい。

 普通はメーカーに送って修理するものだとばかり思っていたので、自力で分解できるという事に少し驚く。

 ただ、佳苗ちゃん曰く『危ないので知ってる人じゃないと触っちゃダメです』との事。

 目の前には外装から外されたアンプ、手元には工具箱とハンドテスター?という電圧や電流を測る小さな装置が置いてある。

 そのテスターから出ている赤と黒の端子を持って、あちこち触るたびにピーピーと音が聞こえてきた。

「だいたい予想通りでした」

「えっ、今ので何か分かったの!?」

 開けてから触り始めた直後、今の時点で一分も経ってない。

「たしかに、これでは電源が入りません」

 そう言いながら、工具箱の中を探して何かを取り出す。

「ぱんぱかぱっぱーてーんててーん」

 抑揚の少ない低めのテンションで取り出したものを掲げた。

「5アンペアヒューズ~」

 それは小さなガラス管のようなものだった……というか、これも理科の授業で習ったはずだ。

 美奈ちゃんも知っているようで、佳苗ちゃんに確認する。

「電気が流れ過ぎると切れるやつだっけ、ゲームとかでたまに見る」

「そうです、たぶん予定外に切れただけかと思います」

 言って、元々付いていたヒューズを引っこ抜いてそのまま新しいものをパチンと嵌め込んだ。

「焼き切れたというより、ゆっくり溶けただけみたいなので劣化ですかね」

 そう言いながら組み立て直していく。

「一人だとこのまま電源を入れて確認するんですけど、安全のために組み立て直してから動作確認しましょう」

 部品がいっぱい剥き出しになっているので、触ったら危ないという事だろう。

 あちこちのネジを付けていき、どんどん元の形に戻っていく。

「すぐ戻せちゃうの凄いね……」

「あたしもさすがに自分で修理しようとは思わんな……」

「分解する前から予想できてるっていうのがエンジニア感ある」

 口々に佳苗ちゃんへの感心の念を述べる。

「……そういえばそのヒューズ、何で持ってたの?」

 私は根本的な部分が気になって聞いてみる。

「私の好きな言葉は『こんな事もあろうかと』です」

「伝説のセリフだ……」

 有名な一言に美奈ちゃんが思わず感嘆の声を上げた。


 ようやく最後のネジを締めて終わりといった感じで佳苗ちゃんが全体を見渡す。

「おや」

 ほぼ元通りになっている状態で佳苗ちゃんが何かに気付いたようだ。

「……ネジが一本余りました…」

「えっ」

「なにそれこわい」

 そんな中で佳苗ちゃんが立ち上がると、片足を浮かせつつ右手を差し出して一言。

「たぶん動くのでヨシ」

「良くないよね!? 何か外れたままだよね!?」

 私の言葉に納得しつつも、やや憮然とした様子でゆっくりと床に座る。

「たぶん外のネジでは無いんで、中のリバーブユニットを付けてなかったかもしれません」

 何のことか分からないけど、とりあえず何を付け忘れているかは想像できているようだ。

「……またさっきの状態まで分解します」

 心底めんどくさそうな表情だ……そりゃそうか。

「君のこのネジを~分解バラしてみようか~♪」

 何かをもじってノリノリで歌いながら分解を始めたら、美奈ちゃんが反応する。

「……それ以上の『忘レ物ハ在リマセンカ?』」

 作業をしながら佳苗ちゃんが少し考えてから返した。

「この檻の中にいるのは誰……?」

「それ檻なんだ!?」

 美奈ちゃんが現実に引き戻されて勝負あり……これって勝負なの?


 特に問題も無く忘れていたネジの場所も分かり、組み立ては終わった。

「さて、終わりました」

 そう言うと、全部のツマミをゼロの方に回すとコンセントを差し込んで電源スイッチをオンにする。

 右上にある電源ランプが赤い光を灯したのを確認して、すぐに電源を切った。

「御覧の通りです」

「おお~」

 私たち三人は拍手で称える。

 すこし満足げな表情をすると、恥ずかしそうに立ち上がった。

「では、ギタリスト本人の到着を待ちましょう」



 しばらく待っている間に各自が楽器のセッティングを進めていく。

 美奈ちゃんは声を出したりストレッチをしたりと、また違った方向で自身のチューニングをしている様子だ。

 グループチャットには恵ちゃんが『修理完了』とだけ送ったので、じきに戻ってくるはず。

 私もそれぞれの打面の音と張り具合を確かめながら、演奏しやすいドラムの位置を調整し始めた。

 やがて防音扉のノブが動いて、ふたりが戻ってくるのが見える。

 今日もまた、部活のスタートといこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る