2 忘れた「尋ね人」

第8話 独りの生存圏



泣きながら目が覚めた。

何故泣いていたのかはわからない。

身の竦むような怖さと少しの寒気。


#1

目覚まし時計が鳴る十分前だった。

今時目覚まし時計を使う方が珍しいといわれるが、携帯のアプリでは起きられない気がするので、使っている。目覚まの針は午前四時五十分を指していた。

 布団から出るのが嫌になるほど寒い。

 全室暖房はお金がかかりすぎるので使えなかった。

 袋状になった布団。起床すると温まった布団の中に冷たい空気が入ってくる。室温も10℃以下だろう。 

日は未だ出ていなかった。


台所の電気をつける。

片付けの間に合わない台所。 

目覚ましをテーブルに置くと既に五時十五分だった。

学校へ行く支度は着替えと食事、歯磨きくらいなもの。もっと寝ていたかった。


学校まで十キロの道のりを自転車で走破。

「おはよう、爾名」

登校中の則香に声をかけられた。


#2

「アレ」以来、学校は焚書派と許容派とに分裂していた。教育委員会も二分され、教育現場の維持は極めて難しくなっていた。爾名の学校は焚書派だった。


侵略後の統治政策として学校教育の占拠は基本的手順の一つだった。侵略者の爪痕を嫌って押しつけの教科書を焚書する学校はたくさんあった。

HRは四十人以上の生徒と担任で成り立っている。締め付けで登校の義務が課せられていた。指導要綱の中に占領統治的内容が含まれているので政府が登校拒否を許さなかった。

数学は国語に勝る?数学の授業で、教師が数学を称揚する。

「世界共通だからね」

 この国の共同幻想等とっくに滅びていた。


#3

進路指導室は窓からの白い光で明るかった。

相変わらず空には占領軍の監視機が飛び、地上ではこの国の警察ではなく、占領統治者の治安維持部隊が監視任務にあたっていた。

「爾名さんの成績なら国立大学狙えるね」


#4

コンビニの同胞も段々少なくなって来ていた。

「進路か」

足りないのは学力ではなく、専らお金だった。


#5

九時までのシフトを終えて、ワンルームマンションに帰ってくる。鍵をドアに差し込んで回す。手応えがない。今朝閉め忘れただろうか。


部屋に戻って暗い部屋の電気をつける。青白い蛍光灯の光がレシートなどで若干散らかった部屋を照らす。

夜十時。両隣は静かで音も立てない。もう寝たのかもしれない。

店長にも進路のことを聞かれた。高校二年の冬。そろそろ受験勉強の時期だった。

お湯を沸かしながら、携帯で動画サイトを開く。

音楽を聴くのが趣味だったが、今は復アルバイトを先に見つけるようだった。


政府管理の職業安定サイトにアクセスする。就職氷河期、殊にこの国の人だけが就職の現場で疎んじられる。民間企業はすでに占領国資本に持っていかれていたので、僅かでも自在の残る政府管理の公式サイトにアクセスする人は多かった。危ない仕事も少なかった。


厳選された分、件数はそう多くなかったが、登録すると紹介メールが個人宛で届く仕組みだった。

「段々危ない仕事増えてきたなぁ」


薬缶が台所で音を立てて水蒸気を吹いている。ガスを消してインスタントのコーヒーをいれる。朝同様寒くなってきた。ヒータ―を付けるか迷う。


結局コタツを出してはいる。コーヒーを飲みながら、店員系の仕事を探して携帯を閲覧。其の内の幾つかにオンラインで応募。来ていたメールに返信する。


#6

 就活を終えて夜の街に繰り出す。一人暮らしだからある自由。しかし、不安と危険が付きまとう。時々家が恋しくなる。一人は独り。友達に電話するか迷った。

 風営法で十時以降の滞在は許されない夜の店。昔は生活指導の指導員がいたというが、今は凶悪犯罪が増えすぎて、そんな些細なことでは誰も動かなかった。

悪い奴は増えた。女とみれば落としにかかり、捕まえては漬け者にし、中毒させては、人生を肩にハメる。遊ぶだけ遊んで、沈める。


今日の夕食を済ませ、明朝の買い物をする。

ほとんどは近所のコンビニで事が足りた。

イートインで幕の内を食べる。

ウィンドウからみる夜の街道。

嫌な事を思い出しそうになった。


食べ終わる頃、ポケットに入れていた携帯が着信音を鳴らしだした。知らない相手からの着信だった。騒音を気にして店外に出る。

「もしもし?」


電話は応募した企業からだった。簡単な質疑応答で面接まで話が進んだ。最近の求人は応募しても返答をもって成否を明かす企業が多くなった。また駄目かと思っていた。


「時給、労働条件は求人通りです。異論がなければ明日面接でいかがでしょう?」

担当の女性職員が事務的にエントリーを処理している姿が浮かんだ。

「明日はちょっと」

「高校在学、と云うことですが、平日面接は難しいですか?」

「出来れば今週の土曜、または平日夜でお願いできませんか」


電話は五分で切れた。

携帯をしまったら、ため息が出た。

店員の他、探していたのは探偵事務所。

特殊な仕事。

進学は諦めかけていた。


 結局土曜は面接に成った。

*ALT?


独りで生存圏を維持するのは、困難だな、と思った。

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