第57話  どこにも

 13時。

 僕は、掲示板の前にいる。リアルに掲示板で見たいと思う人もやはり多くて、掲示板の前は、けっこうな人だかりになっている。

 自分の番号に近いあたりから、視線を徐々に、下へすべらせる。心臓の音が、最大音量に達したとき、僕の目は、自分の番号を捉えた。

――あった! ……合格だ。

 繰り返し、受験票と掲示板を見直す。間違いない。合格している。

 深呼吸を繰り返しながら、やっと気持ちが落ち着く。そして、僕は、小さくガッツポーズをして、もう一度掲示板を確認して、静かに掲示板の前を離れる。

 人だかりを離れて、家にいる両親に電話を入れる。2人もとても喜んでくれた。

「じゃあ、とりあえず、報告まで。あとは家に帰ってからね」 そう言って、僕は電話を切る。

(想子さん。想子さんに知らせないと。あ、でも、イギリスは今何時だ? あ、まずメールすればいいか)

 どうしよう。嬉しすぎて、頭が回らない。

 とにかく頭の中は、想子さんでいっぱいだ。

(想子さん。想子さん……)

 心の中で、繰り返し名前を呼ぶ。

 心の中で呼んだつもりが、思わず声に出た。

「想子さん」

「はい」

 真後ろから声がした。

 え? え?

 急いで振り向いた僕の目の前に立っていたのは、想子さんだった。

「なんで?」

「帰ってきた」

「スコットランドに行くって。……行かんかったん?」

「行ったよ。1日だけ。でもすぐに帰ってきた」

「……想子さん」

 僕の目から、涙が溢れる。

「それより、ダイ。おめでとう!……で、あってるよね?」

 泣いている僕を見て、一瞬、想子さんが不安そうな顔をする。

「あってる。マルやった。合格した」

「よかった。さすが、ダイ。私が、太鼓判押しただけのことあるわ」

 想子さんは、相変わらずだ。自分の手柄みたいに、誇らしげに言う。

「想子さんてば。変わらへんな」 胸がいっぱいになる。

「あたりまえやん。ダイも変わらへんね。……涙もろいとこ」 想子さんが、ほほ笑む。

「あたりまえや。……こんなときに泣かんで、いつ泣くねん」 僕は、泣き笑いする。


「ダイ」「想子さん」 

 2人の声が重なる。お互い真剣に見つめ合う。

 ――にらめっこの、僕の連敗記録は、今日、やっとストップした。


 吹き出すかわりに、僕は、腕の中にしっかりと彼女を抱きしめる。もう、……離したくない。離さへん。

「想子さん。もう、どこにも行かんとって。そばにおって」

「行けへん。そばにおる。ずっと」

 僕は、もう一度、力一杯、彼女を抱きしめる。

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