第56話  どうかどうか……


 僕は面接も含めて、無事3日間の入試を終えた。 入試当日は天気も良く、体調も良く、お昼に試験会場まで届けてもらったお弁当もできたてで美味しく、入試本番とは思えないほど、毎日快適に過ごした。


『入試問題とだって、出会いは出会い。大いに出会いを楽しんでね』

 想子さんの言葉のおかげで、僕は試験問題を開くたびにワクワクして、ほとんど緊張もしなかった。もちろん、やたら難しい問題もあったし、楽しいだけじゃなかったけど。

『それも含めて出会いなんだよ』って、想子さんが言ってるような気がして。


 全日程を終えて帰宅し、両親に、

「ひとまずやれるだけのことはやった」と報告すると、

「よかったね。何より、無事元気に受けられただけでも上出来や」 

 彼らはそう言った。

 そして、できたてを届けてもらっていたお弁当の写真(僕が撮った)を、「あら、美味しそう」と食べたそうな顔で2人でじっと眺めると、 

「まあ、とにかくお疲れさん。しばらくのんびりしたらいいね」そう言った。

 そんな両親の顔も、肩の荷を下ろしたようにホッとした表情だ。

「ありがとう」

 僕は、心を込めて2人に頭を下げる。この先結果が出てからも、いっぱい、2人にはお世話になるけど、まず入試そのものを終えるまで、彼らがあれこれ心配してくれていたことが、その表情でよくわかる。


 そして、この頃、僕が考えるのは、僕と想子さんのことを、どう両親に報告するかということだ。

 ずっと姉弟として育ってきた僕らだから、それを彼らがどう受け止めるのか。内心不安もある。けれど、まず一番大事なのは、僕自身がきちんと大人として誰からも認めてもらえる存在になることだろうと思う。

 ただただ、想子さんが大好きで、夢中に恋をして、ときめいたりうろたえたりしながら、日々を過ごしてきた『少年』のままではなく。ちゃんとした大人になる。――それができなければ、何も始まらない。そう思う。

 ただ、『ちゃんとした大人』って、具体的には、どんな人なんだろう。正直、僕には、まだよくわからない。

 

 発表までの間、家でぼんやり本でも読んでいようかと思っていたら、入試の終わった友人たちから連絡が来て、結局、毎日のように、カラオケやボウリングに行ったりして、遊びにでかけることになった。

「遊ぶんやったら、今しかないで。結果出たら、どっちにしろ、遊んでる場合じゃなくなるしな」 

 みんな、そう言いながらも発表の日が気になって落ち着かない。遊んでいるときも、ふとした瞬間に真顔になって、

「あかんな。やっぱ、落ちつかへんな」 そう言って、ほろ苦く笑いあうことが何度もあった。



 落ち着かない日々が過ぎ、今日はいよいよ発表だ。

 13時に、ネットの合否照会と学部の掲示場所にはりだされるのと、両方で発表される。僕は大学まで直接行くことにした。やはり結果は、リアルに掲示板で見てみたい。

 両親には、結果が分かり次第連絡することにして、とりあえず、家で待機してもらうことにした。もしも、だめだったとき、がっかりしている彼らと2時間かけて帰宅するのは、想像するだけでもかなりきつい。

 想子さんがいれば一緒に行きたいところだけれど、彼女はもちろんイギリスだ。しかも今は訪ねてきた知人を案内してスコットランドに行ってるとかで、この数日、やりとりはメールだけになっている。

 顔は見られなくても、代わりに僕の喉元には、想子さんのくれたペンダントがある。高校がアクサセリー禁止だったから、普段なかなか身につけられなかったけれど、入試の前あたりから、僕は常時身につけている。

 これは、ただのペンダントじゃなくて、僕にとっては、大事なお守りなのだ。

 

 正直、びびりな僕は、結果がこわい。だから、自分に言い聞かせる。

(どんな結果であっても、やるべきことをやればいい。自分のしたいことのため。自分の学びたい場所で学ぶため。必要なことをするだけだ)

 そう自分に言い聞かせながら、

(でも、できたら、いい報告がしたいな……)

 勝手な僕は、こんなときだけ、神様に祈る。

(どうかどうか……)

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