第54話 もっともっと
「なあ。これって、僕の好きな曲ばっかりやん。ようわかったね」
ビデオ通話の画面越しに、僕は、想子さんの作ってくれたCDを見せながら言った。
想子さんが、僕にさみしさの取り扱い説明書とともにプレゼントしてくれたものは、思っていた以上にたくさんあって、このCDもその1つだ。渡英前、やたらピアノを弾いていたのは、僕の好きな曲を演奏して録音し、CDやデータにして残すためだったのだ。お気に入りの曲ばかりのそれをBGMにして、僕の勉強は気持ちいいくらい捗っている。
その選曲が絶妙で驚いている僕に、想子さんは余裕の笑みを浮かべて言った。
「あたりまえやん。私はダイが生まれたときから一緒におるねんで。ダイのことなら、何でも知ってるわ」
想子さんは、自信たっぷりに胸をはる。
「ほほう。何でも、か。大きく出たね。……じゃあ、僕が今何を考えてるか当ててみ」
「お腹空いた、以外やで」 僕は付け加える。
「むむ。それ以外か。……ふふふ。それなら、当てるの簡単やわ」
想子さんが、不敵に笑う。
「じゃあ、言うてみ」
僕は、わざと上から言う。でも、どうしても、その声は、甘えるような、せがむような声になってしまう。情けないけど。だから、わざとちょっぴりえらそうなことを言いつつ、僕の頬も赤くなっているにちがいない。もちろん顔もついついニヤけてしまう。
「ええ~。簡単やけど、言うのん、恥ずかしい~」
想子さんが頬を赤くする。可愛い。すごく可愛い。
両頬に手を当てて、首を振る。肩までの緩くウェーブのかかった髪が、ふわふわと揺れる。
「え? なんで? 何も僕、恥ずかしいことなんか考えてへんで。ほらほら、当ててや」
僕は、ちょっと意地悪くあおる。
「……会いたい。さみしい。そばにおりたい」 とても小さな声だ。
「え? 何? なんて? 聞こえへんよ。もっかい(もう1回)言うて」
調子に乗った僕が、ダメ押しで言うと、想子さんが、ぷんと横を向いた。
「もう! ダイのイジワル! もう、電話したれへんで」
しまった。やりすぎた。画面の向こうで、想子さんが、ほっぺをふくらませている。
「ぷん」
そう言って、想子さんが横を向いて、さらに横目で恨めしそうに、僕をにらんでくる。
「ごめん、て。ごめんごめん。怒らんといて」
「ごめんですまへん」
「ごめん、て。ちょっと調子のってしもた。ごめん」
一生懸命謝る僕に、想子さんが、少しほっぺをふくらませたまま、言う。
「ちゃんと、自分で正解を言うて」
形勢が一気に逆転する。
(ええ~。そんなん。恥ずかしい~)
「ほら」
想子さんが笑っている。
(ああ、もう。いつだってこうだ)―――僕は、やっぱり想子さんにはかなわない。
全身、耳の端まで熱くなりながら、僕は必死で言う。
「……会いたい。さみしい。そばにおりたい。……めっちゃ、好きやで」
「よろしい。よくできました」
想子さんが、まるで生徒を褒める先生のように、にっこり余裕の笑顔を見せる。
「これで、今週に入って、4勝1敗やわ」
「今度は負けへんで。絶対先に言わせてみせる」 と、僕が闘志を見せると想子さんが言った。
「でもさ、先とかあととかは、ほんまは問題じゃないねんよ」
「ん?」
思わず聞き返す僕に、
「あとから言うても、先に言うても、私の方が、もっともっとずっとずっと好きやからね。ダイ」
想子さんは、一瞬、極上の笑顔を見せると、さっと通話を切ってしまった。
「あ! ちょ、ちょ、待って!」という僕の声は届かなかった。
(もう。ひとの気も知らないで。想子さんてば)
僕は、切れた電話に向かって、苦笑いする。
(それは間違ってるよ、想子さん。僕の方が、もっともっともっとずっとずっとずっと、やからね)
切れた電話の向こうで、照れくさそうに笑っている想子さんの顔が浮かんだ。
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