第53話 さみしさの克服方法
「ダイ。元気?」
想子さんからのビデオ通話だ。
毎日1回、想子さんにとっては夜寝る前、僕にとっては朝の始まりに、僕らは会話を交わす。どうしても、それが出来ないときは、メールをやりとりする。
想子さんは、自分の部屋のベッドの上で、僕に似ている古墳のぬいぐるみを抱きかかえている。
「元気やで。たった一日で、そんなには変わらへんて」
僕は、ちょっと笑ってしまう。いつも想子さんとの会話の始まりは、『元気?』だ。
「そやね。でも、顔見ると安心するね」
「うん。こうして顔見てしゃべれる時代でよかったわ」
「そやね。手紙しか連絡手段がなかった時代って、めっちゃ大変やったやろうね」
「うん。ほんまやな」
もし、今がそんな時代だったら、さみしすぎて、僕は死にそうになってると思う。テレくさいから口に出しては言わないけど。
昔、小学生の頃、誰か友達が言ってた言葉を思い出す。
「ハムスターってな、さみしがりやで、さみしすぎたら死んでしまうんやって」
ハムスターを飼っている子が、そう言うのだから、まちがいない。僕は思った。
(なんてけなげで可愛いやつなんだ。ハムスター。もし、いつかハムスターを飼ったら、絶対その子にさみしい思いはさせへん)
僕を含め、その場にいた子は、みんなそう思ったらしく、真剣な顔になっていた。
以来、さみしいという言葉を聞くと、僕の頭の中には、なぜか、涙を浮かべて倒れている『とっとこハム太郎』が思い浮かぶようになった。(生きている実物を見たことがなかったので、どうしてもハム太郎が先に浮かぶ)
「模試は、どうやった? 結果でたん?」 想子さんが、言う。
「うん。まあまあ、かな」
判定は、一応、Aだった。けど、これはあくまで模試の結果なので、僕は慎重に答える。
「そっか。よかった」
「そっちこそ、レポートは仕上がったん?」
想子さんは、仕事しながらのんびり過ごす、と言ってたけれど、結局、向こうで、アートスクールに入って、課題やレポートに追われたりしている。
「なんとか。でもさ、レポート書こうと思ったら、まずは、英語で書かれてる資料読まなあかんから、たいへん」
「ふふ。がんばれ」
「受験生のときより、勉強してる気がする」 想子さんは、ぼやく。
「まあ、ここにいる受験生もがんばってるし、一緒にがんばろな」
「そだね。あ、ダイ、そろそろ時間。勉強開始」
「うん。じゃあ。また、明日」
切れた電話を横に置いて、僕は、勉強を始める。
今の僕は、想子さんのおかげで、1つの技を身につけた。
それは、さみしさの克服方法だ。
想子さんの取扱説明書に書いてあった言葉を、僕は、何度読みこんだか分からない。
① さみしくてたまらないときは、
大好きなひとの名前を、心の中で呼ぶ。できるだけ、ゆっくりと心を込めて。
※ 周りに人がいないときは、声に出して。
② それでもどうしても、さみしさがおさまらないときは、思い切って、さみしさに浸ってみる。思いっきり浸ってみる。
さみしさは、愛だから。
さみしさが強いほど大きいほど、愛が強くて大きいってことだから。
その想いに思いっきり浸るといい。
『ひとの気も知らないで』
お互い、心の中で、そうつぶやいていた僕ら。
言葉にしないと伝わらないもの、
伝えようとしないと伝わらないものが、ある。
今度、直接会えたときには、きっと僕は、思いきり彼女を抱きしめる。
そして、きちんと伝えよう。僕の口から。
「人生を一緒に、僕と歩いてください。ずっとそばにいてほしい」って。
自信を持って、そう言えるように、自分を精一杯磨く。
(想子さん)
心の中で呼ぶ。――――できるだけゆっくりと。
「想子さん」
声に出して呼ぶ。
胸いっぱいに、想いがあふれてくる。
(大好きやで。想子さん)
さあ、僕の一日が、始まる。
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