第52話  『取扱説明書』


 封筒を手に取る。

 軽い。封もしていない。中に入っていたのは、小さなUSBメモリが1つ。


 僕は、それを持って自分の部屋に戻る。PCに差し込んでみる。いくつかのフォルダとWordのファイルが1つがある。まずWordのファイルを開ける。

 

 ファイルの名前は、『取扱説明書』とある。

(何これ? 何の取扱説明書? ) 僕は首をひねる。

 ファイルを開くと、

『取扱説明書~さみしさ編~』

 そんなタイトルが目に飛び込んできた。

 

『さみしがりやのダイ へ。

 離れている間の、さみしさの取り扱い方を提案します!』

 

 書き出しはそんな言葉で始まっていた。


 僕は、時々、吹き出したり、なるほど、と思ったりしながら、読み進める。

 ずっと一緒に暮らしてきた僕らが、初めて離れて過ごす時間を、どうすれば、さみしさを乗り越えて、機嫌よく過ごせるか、想子さんなりにいろいろ考えた方法が、書かれている。

 それは、『さみしさの取扱説明書』だった。

 そして、いくつか入っているフォルダには、想子さんの作った、さみしさ克服用の、さまざまなアイテム? が収められているらしい。『らしい』というのは、まだ中を全部は見られないからだ。

 フォルダは、1つ1つ開けていい期間が指定されていて、まだ中身を見ることが出来ないフォルダの方が多い。

 早速、僕は、今日から開けていいフォルダをクリックする。中には、①~⑦まで、番号の振られたファイルがある。

 まず、順番通り、①を開く。 

 それは、1枚の地図だった。その地図は、想子さんの部屋の中の見取り図で、そこには、☆印のマークがついている場所が1つある。

 僕は、急いで、彼女の部屋に行く。

 ☆印の場所は、想子さんの机だ。まず机の上を見回す。ペン立てや、辞書、本棚。そして――――小さな箱が目に入る。

 見覚えのある箱だ。去年のクリスマスに、彼女に贈ったペンダントの入っていた箱。

 何気なく手に取ってふたを開ける。中に、ペンダントが入っている。

(あれ? 想子さん、おいていったのか? )

 一瞬そう思って、よく見ると、同じシリーズの、僕があげたのとは違うバージョンだった。


 僕が、彼女に贈ったのは、ペンダントトップが小さなリングで、そのリングにごく小さなルビーがはめ込まれたものだった。

 これは、同じデザインで、ルビーの代わりに、小さなサファイアらしいブルーの石がはめ込まれている。

 そっと取りだして、手のひらにのせる。ふと見ると、箱の下に、白いカードがある。

『これは、ダイの分。おそろいやで』 そう書かれている。

(想子さんてば……)

 僕は、つぶやきながら、そのペンダントをつける。

 直接、渡してもいいのに。わざわざ、地図まで作って。

 

 想子さんてば、いったいどれだけ、いろんな仕掛けを用意したんだろう。 

 僕がさみしくないように、毎日の楽しみが出来るように。

「想子さん……」

 やっぱり、僕は、むちゃくちゃ彼女のことが好きだと思う。

 ちょっとめんどくさいところもあるけど、そんなところも全部含めて。

「めっちゃ好きやで。想子さん」

 思わず、声に出してしまう。

「きっと、今頃、飛行機の中で、くしゃみしてるかもな」


 僕は笑って、ちょっと肩をすくめる。僕の喉元で、小さなペンダントが、揺れる。

 さみしさは、その青い石の中に吸い込まれていくように、消えていく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る