第43話  叶う?


 雨だ。 結構、大粒で、激しい雨が降っている。

 最寄り駅について、改札を抜けた僕は、空を見上げて、ちょっとため息をつく。今日、傘は持ってない。

 朝、テレビで見た天気予報では、降るのは、深夜になってからといっていたので、傘を持たずに出てきたのだ。


 改札を出て、道一本隔てたコンビニで、ビニール傘を買うか?

 そう思って、一歩足を踏み出そうとしたところで、

 「ダイ!」

 想子さんが、目の前に飛び込んできた。

 「傘、持って行かんかったな、と思って」

 「迎えに来てくれたん?」

 「うん。ほら」

 想子さんは、黒い大きな傘を僕に差し出す。自分は、水色の、前に僕が誕生日に贈った傘を差している。

 「ありがと」

 予想していなかったので、僕は、ちょっとドギマギしてしまう。目をパチパチさせながら、傘を開く。

 「おっきい!」

 僕の開いた傘を見て、想子さんが目を丸くする。

 そして、次の瞬間、ニコッと笑って、

 「こっちに入っちゃおう」

 彼女は、僕の傘に入ってきた。自分の水色の傘をたたんで、僕の隣に並ぶ。

 「いいけど。2人には、ちょっとせまいかもしれへんよ」

 「いいよ。濡れるときは、2人で濡れよう」

 「……ふふ。そやな。それもいいな」

 僕は、肩にかけたカバンを、想子さんのいない側にかけ直す。

 

 2人で、駅舎の庇から、道に踏み出す。

 「ねえ」

 「ん?」

 「ちょっと寄り道せぇへん?」

 「どこに?」

 「誉田八幡宮。なんかさ、おみくじ引きたいな」

 「ええよ。行こか」

 

 (僕は、どこにだって、行くよ。想子さんが行きたいところなら)

 今から、地獄へ行こう、と誘われたって、……ええよって、言ってしまうと思う。

 雨の中を、2人並んで歩く。

 傘は大きいから、僕の肩が濡れるほどではないけど、肩にかけたカバンは、けっこう濡れている。

 でも、カバンより、僕の意識は、ひたすら、僕の隣で並んで歩く彼女に向かっていく。

 細い肩。その肩より少し長めの、ゆるくウェーブのかかった髪。白い丈の長めのシャツが似合っている。

 雨と傘で、周りの世界が、遮断される。傘を打つ雨の音が、僕らを、2人だけにする。

 

 「ダイ」 想子さんが、僕を見上げる。

 「うん?」 

 「こうしてると、なんか、この世界に2人だけ、みたいな気持ちになるね」

 「うん。そやな。雨の音と傘で、周りの世界が遮断されたみたいな感じになるね」

 「……わるくないね」

 「……いいよね」

 

 角を曲がったところで、横から、急に出てきたバイクが、道路のでこぼこにたまった水を撥ねる。

 その瞬間、僕は、反射的に想子さんの肩を抱き寄せた。

 「大丈夫?」

 「だいじょぶだいじょぶ」

 想子さんが、笑う。

 (あかん。可愛すぎ……)

 僕は、彼女の肩に回した腕をはずせない。はずしたくない。

 「……なあ」

 僕は、意を決して言う。

 「このまま、肩に、腕、あっても、いい?」

 肩を抱く、とは言えなくて。

 「ええよ。なんか、あったかいしね。たのもしくて」


 初めてだ。

 想子さんに、頼もしい、って言われたの。

 僕は、またまたうっかり泣いてしまわないように、一生懸命、しゃべる。

 今日学校であったことを、面白おかしく、とにかくしゃべる。しゃべりまくる。

 そんな僕の話を聞いて、想子さんが、同じ傘の下、笑い転げる。


 やがて、八幡宮に着き、僕らは大きな鳥居を見上げる。鳥居の真ん中に、八幡宮の文字が書かれた表札のようなものがある。

 「ねえ。 知ってた? この、八の字。鳩やねんで」

 想子さんが言うままに、見上げると、八幡宮の八の字は、確かに、向かい合った鳩の姿だった。

 「ほんまや。 知らんかった。ってか、今まで何回も見てたはずやのにな。気ぃつかんかった」

 「そやね。ずっと見てるようで、見えてないこと、分かってないことって、いっぱいあるよね。私も、本読んで、初めて知ってん」

 

 知らないと見えないこと、気づけないこと。

 知らせないと、見てもらえないこと、気づいてもらえないこと。

 

 僕は、この想いを、いつどんな形で、彼女に伝えればいいのだろう。

 伝えないまま、この想いを心の奥にずっと秘めていくことになるんだろうか。

 

 (ねえ、想子さん。……伝えてもいいかな? 待ってるって。だから、ぼくのところへ、帰ってきてって)

 僕は、境内を並んで歩きながら、心の中で訊く。

 

 想子さんは、お参りしようとして、賽銭箱の手前で、ポケットを探る。

 「あ! お財布忘れた!」

 「大丈夫。今日は、僕が持ってるよ」

 「じゃあ、100円。それと、おみくじ用に、200円」

 僕は、財布から、100円玉を6コ取り出す。3コを彼女に、残り3個は自分用に。

 そして、想子さんのイギリス行きの無事と、僕の受験の成功を2人で祈る。

 

 手を合わせて、顔を上げると、隣にいたはずの想子さんは、すでにおみくじの箱のところに移動していた。

 そして、引いたおみくじを開いて、僕に、見せる。

 ひとの気も知らないで、想子さんは、「ほら! 大吉! 幸先いいね!」 顔中を笑顔にして僕に言った。

 僕も、引く。 中吉だ。

 でも、それよりも、僕の目を引いた一文がある。

 ――――『願い事、叶う』

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