第44話 飛行機雲
雨が上がった。空は眩しいくらいに快晴だ。
この数日、降ったりやんだりが続いて、そろそろ陽差しと青い空が恋しい気分だった。
「ねえ。散歩、行く?」
「そやね。このところ、雨ばっかりで、散歩してないもんな」
「で、帰りに、スーパー寄って、買い物しよう。荷物持ちよろしく」
「りょーかい」
両側に田んぼが広がる道を2人で歩く。道の脇で、緑の葉っぱの上に残る滴が、光を受けて、きらめく。
「久しぶりの青空やね。……あ、飛行機雲」
「あ、ほんまや」
2人で、空を見上げる。青い空に、くっきりと筋を残して、飛行機が飛んでいく。
「どこ行くやつやろ?」 僕がつぶやく。
「さあ。……でも、飛行機雲きれいやね。青空に、めっちゃ似合うね」
想子さんは、隣を歩く僕に笑いかける。そして、続けて言った。
「飛行機雲がきれいなときって、上空の大気に、水分が多めなんやって」
「こんなに晴れてるけど」
「うん。晴れてるけど、実は水分多くて、そのうち、雨になるって、前に聞いたことがある」
(なんだか、自分みたいやな) 僕は、ちょっと苦笑する。
笑っていても、ほんとは心の中に涙のもとをためている、そんな自分。
長く美しい筋を空に刻みながら遠ざかる飛行機を見上げて、僕は空に親近感を抱く。
そして、また、僕らは歩き出した。
隣を歩きながら、想子さんが言った。
「ねえ、ダイ。ダイは、なんで医学部に行こうと思ったの?」
「優しいお医者さんになりたいなって、子どもの頃から思ってた」
「優しい?」
「うん。ほら、僕、小さい頃、しょっちゅう熱だして寝込んでたやん。あのときにさ、松井先生が、すごく優しくて。先生の前に行くと、なんか心がホッとして、痛かったりしんどかったりする気持ちが、少し楽になる気がして。それでさ、僕も、こんなお医者さんになりたいなって、ずっと思ってた」
松井先生というのは、僕らが小さな頃からお世話になってる内科小児科クリニックのドクターだ。最近でこそ、お世話になることも減った(でも、今年初めにインフルエンザで2人ともお世話になった)けれど、僕らにとって、大切なかかりつけのドクターだ。
「そやね。松井先生が笑顔で、『どうしました~?』『大丈夫ですよ』って言ってくれるだけで、もう半分治ったような気がするもん」
想子さんがうなずく。
「そうかぁ。なんで、医者目指してるのかな、って実は思ってた。ふだんあまり、そんなこと言うてなかったから」
「そやな。あまり言うたことなかったな。僕なんかに、なれるんやろか、って自信なかったし……ちょっと、動機としては、幼稚かな、とも思ってた。……医学の発展に大いに寄与しようとか、鮮やかなメスさばきで、みごとに難しい病気を治したいとか、そんな派手なことよう言わへんしな」
「なんで? 患者さんの心を癒やせるお医者さんってええやん。もちろん、病気そのものも治してほしいけど、人の心をちゃんと受け止めて、話聞いてくれる、そんなドクターって、いいと思うよ」
「うん。ちゃんと知識もあって、しっかりした診断と治療ができる、頼もしくて、優しい医者になりたいねん」
「そうか。ダイ、きっと、なれるよ。そんなドクターに。なんか、今はっきり、そのイメージが頭に浮かんだよ」
「……まずは、合格せんとあかんけどな」
僕は笑って、前に想子さんに言われた言葉をそのまま返す。
想子さんは、ほほ笑んで言った。
「自信があるとか、ないとかより、まず、大事なんは、本気で目指して、その方向に向かって行くかどうか、なんやろな。本気で目指して進んでいく中で、自信は、あとからついてくるんちゃうかな」
「……そやな。そんな気がする」
「ダイ。どんなときでも、私がついてる。いつもずっと応援してる。……そばにいても、いなくても。そのこと、忘れたらあかんよ。」
そう言って、想子さんは、真っ直ぐに僕を見つめる。
「想子さんもな。僕も、いつもいつでも、ずっと応援してる。そばにいてもいなくても」
僕もまっすぐに、彼女を見つめ返す。
「ふふ。お互い、心強いね。よし。なんか気合い入ってきた。走るで!」
想子さんが、にかっと笑って、今にも走り出しそうに身構える。
「え? ちょ、待って」 僕は戸惑う。
「向こうのイチジク畑のそばまで! 勝ったひとは、昼ごはんのメニュー決定権ゲット!」
言うが早いか、駆け出す。
「あ、ずるい」
「だって、あんた速いもん。ハンデハンデ」
後を追って走りながら、僕はつぶやく。
(想子さん。大好きやで。いつも、いつでも)
ひとの気も知らないで、イチジク畑のそばから、手を振って、想子さんが言った。
「お昼は、ハンバーガーにしよう! ポテトとオニオンフライが食べたい~」
(たぶん、最初から、そのつもりやってんな、想子さんてば)
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