第29話 いつも。いつでも。
「おはよう。もう、パン焼いていい?」
顔を洗って、テーブルにつくと、想子さんが笑顔で言った。
「うん。ありがと。今朝は、ちょっと寝坊してしもた」
「寝坊するの、めずらしいね。昨夜、だいぶ遅くまで頑張ってたもんね」
「朝ごはんの準備、何もせんとごめんな」
「ええよええよ。で、おまけに、お弁当もつくったで」
「ほんま? ……ありがとう。めっちゃ嬉しい」
「どんなんか、見る?」
「う~ん。見たいけど、お昼まで我慢する。楽しみにするわ」
「そっか。ちょっと気合入れてみてん」
なんとなく、想子さんの顔は、今すぐ見てほしそうな気配を漂わせている。
しゃあないな。僕は、急いで言う。
「ん~。やっぱ、昼まで待たれへん。今、見る!」
「よっしゃ!」
待ってましたとばかりに、想子さんが、弁当箱の包みを開いてフタを取る。
彩りよく、詰められたお弁当は、食べるのが少しもったいないような華やかさだ。肉を使ったおかずもたっぷりある。品数も多い。お昼に、このお弁当のフタをとったときの、友人連中の顔が目に浮かぶ。
何かあったん? なんかええことあったん?
めっちゃ聞かれそう。
今までも、自分で適当に詰めたり、想子さんが入れてくれたりして、お弁当を持って行ったことはあるけど、正直、こんなに凝ってなかった。
「めっちゃ、美味しそう。めっちゃ凝ってるし。……なんかあった?」
ついついきいてしまう。
想子さんが、
「よくぞきいてくれました! これです!」
料理のレシピと、美味しそうな写真の載った紙の束を見せてくれた。
「これね、本になるんやけど、そのページのあちこちに、料理の一口メモとか、イラストを入れるところがあって、そのお仕事をさせてもらえるねん」
「そうかあ。すごいね。面白そうなお仕事やね」
「うん。でね、ここに載ってるレシピで実際に作ってみて、イメージを膨らませて、イラストに活かせるかな?って思って」
「なるほど」
想子さんのイラストは、けっこう人気があるらしい。あまり気合の入っていないように見える軽やかなタッチが、ほのぼのして、それでいてお洒落だと言われている。
想子さんのがんばっている姿は、僕には眩しい。
自分を振り返ったとき、
(僕には、何にもない。自分の中に、とりたてて磨けるような石(才能)のかけらもない)
そう思ってへこんだこともあった。
でも、想子さんが言ってくれた言葉。
(そんな石なんか探さなくても、ダイ自身が大きな石。それを磨けばいい)
その言葉が、僕を支えてくれている。
焼きたてのパンをかじりながら、ふと想子さんの首元を見る。
今朝も、そこには、クリスマスに僕が贈ったペンダントがある。
僕は心の中でつぶやく。
(想子さん。大好きやで。いつも。いつでも。)
そんな僕の向かいで想子さんは、パンにたっぷりのリンゴバターをのせている。想子さんの手作りだ。
「載せすぎちゃう? カロリーやばいで」
思わず僕が言うと、
「めっちゃ美味しくできてんもん。ダイももっとつけてみ」
「これで十分やて」
受験勉強のせいで、運動量が減っている僕は、じわっと増えた体重を気にしている。ひとの気も知らないで、想子さんが言う。
「美味しいから、ダイに食べさせたくて、いっぱい作ったのに」
なんだか無念そうだ。
「食べるよ」
……あとでランニングしよう。それから腹筋の回数、増やそう。
想子さんてば。
僕は、秘かにため息をつく。
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