第27話  今の僕を

 雪が降っている。

 僕らの住む街では、雪が降ることは少ない。降っても積もることは、ほとんどない。

だから、雪が降ると、ちょっと特別な気分になって、少しテンションが上がって、嬉しくさえある。

 雪下ろしで苦労をする北国の人からすれば、何を呑気なことを、と言われるだろうけれど。


 2階から降りてきて、想子さんの姿をさがすと、彼女は、和室の押し入れの前にいた。


「雪降ってるで」

 僕は、声をかける。

 そして、手元をのぞきこみながら聞く。

「何してるん?」

「ん?いや、雪が降ってきたからさ。アルバム見てた」

 雪とアルバム? 一体どうつながるのか?

 不思議そうな僕に、想子さんが言う。

「これこれ、みてみて」

 彼女の指さすページにいたのは、温かそうなスキーウェアのようなつなぎを着た、ころころの僕だ。

 満面の笑顔、と言いたいけれど、雪の中に手をついて、顔中しわくちゃにして真っ赤な顔で泣いている。

「このときのダイ、雪にさわるの、生まれて初めてでね。最初は、あたり一面真っ白やから、大はしゃぎやったのに、雪の積もった地面に手をついて、それがあまりに冷たくて、びっくりして泣き出して。その泣き顔が、あまりに可愛くて、思わず写真いっぱい撮ったよ」

「そっかぁ……初めての雪かぁ」

「この後、いくら誘ってもイヤって言うて、雪だるまつくりも一緒にやろうとせえへんかったな」

「よほど、冷たくてびっくりしたんやね」

「うん。出来上がった雪ダルマは、不思議そうに眺めてたけどね」

 次のページには、想子さんの作った雪ダルマと、その横で、小さな僕がじ~っと、雪だるまを見つめて立っている。雪だるまの方がわずかに僕より小さい。

「でも、冷たいってわかったからか、絶対さわろうとせんかったな」

「ふ~ん」

 こんな小さいころから、僕は、臆病だったのか?あるいは、慎重だったのか。


 想子さんは、ページをめくる。

「ああ。これこれ」

「なになに」

 僕ものぞき込む。

 これまた、僕は泣いている。舌と口の周りに赤いものがついている。

「これね、ケチャップ。生まれて初めて食べたときの。オムレツを前にして、大喜びでね。上にかかってるケチャップをスプーンにすくったら、早くくれくれって、めっちゃ急かすように、両手をバタバタして。でね、口に入れてあげた瞬間、べえ~って。ものすごく嫌そうな顔して吐き出して。……で、泣き出した」

「予想と違う味やってんな、きっと」


 そんなことがあったなんて、僕は全く覚えていないけれど、でもそのときの原体験?のせいか、今でも、ケチャップはあまり好きじゃない。


「それにしても、想子さんの撮った写真の僕って、泣いてるとこ多すぎるんちゃう?僕、喜んで笑ってたことなかったん?」

「いやいや、それは、逆にいっぱいありすぎて、写真少ないかも」

「ん~。なんでや。笑ってるのこそ、いっぱい残しといたほうがええんちゃうん?」

「まあね。でも、喜んで笑ってるときは一緒に笑うので忙しくてさ、写真撮ってる暇ないねんな。案外」

 想子さんは、笑って言う。


「それにな、ダイってさ、泣いてるときに、カメラ向けると、一瞬ピタって泣くのやめて、カメラ目線になるねん」

「え?」

 そう言われて、改めて見てみると、僕は、泣いていても、力一杯、カメラ目線だ。

「ウソ泣き?」

「ちゃうちゃう。単に、写真に映るときは、カメラ見なあかんって無意識に思ってるんちゃう?」

「そうなんかなあ……」

 僕は、ちょっぴり、小さな僕自身に疑惑を抱く。

「可愛いかったなあ……」

 想子さんは、小さな僕がいっぱいのページを、うっとりした表情でめくる。


(ねえ、想子さん。思い出の中の僕じゃなくて、今の僕を見てや。少しでいいから、本気で、今の僕のことを見てや)

 僕の胸は、一瞬、焦げ付きそうに熱くなる。

 目の前にいる彼女に、

(僕を見て!)

 ほんとは、そう言いたくなる。

 ひとの気も知らないで、想子さんは、アルバムのページを、懐かしそうにめくる。


「そんな幼児期の写真集じゃなしに、カッコいい今の僕の、特製写真集、作ってプレゼントしよか?」

 僕は、ちょっとカッコつけて言ってみた。

それなのに。

「え?う~ん。それはまた今度、で」

 あっさり断られた。


 なんでなん?


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