第26話 壺の中に
(苦労や葛藤をすっ飛ばしたら、嬉しくないし、感動もない)
想子さんにそう言われて、確かにな。そう思ったものの、やっぱり、しんどいものはしんどいし、面倒なものは面倒だ。
勉強は、苦手じゃないから、これまで、困ったことは、正直、そんなにない。集中力はそれなりにあるし、持続力・忍耐力については、筋金入りだと思う。(特に、想子さん方面で、だけど)
でも、そんな僕でも、さすがに息切れはする。なので、今夜は、一切、問題集もノートも開かないで、縁側でぼんやり月を見ていた。
今日、想子さんは京都に泊まりで出かけている。僕は、珍しく1人きりで夕食をすませて、後片付けをし、今、こうして縁側にいる。
夕食は、カップラーメンくらいで済ませてしまおう、そう思っていたけれど、想子さんは、いろんなお惣菜を作って、冷蔵庫に入れておいてくれた。ご飯も、冷凍パックしたものが、たっぷりある。
僕は、それらをレンジで温めて、ひとり、テーブルで、ぼそぼそ食べた。食欲は、一向に湧かない。
(あかんなぁ。たった一日で、これや……)
自分は、どうしようもない、ヘタレだ。
気持ちが落ち着かないので、乾いた洗濯物の中から、アイロンがけが要りそうなものを見つけて、黙々としわをのばしたりもした。
それでも、時間の流れが、あまりにもゆっくりして、僕は、自分で自分を持て余す。
ピアノを弾いてみる。今は習いに行ってるわけじゃないから、好きな曲を好きなように弾く。自分で、音を生み出せる、それが、ちょっと嬉しい。
僕は、何かを自分の手で、創り出すことはできない。というか、創りだしたことがない。人が創り出したものを受け取って、ただ楽しむだけだ。
めちゃくちゃ感動して泣いたり笑ったり、楽しむ力は、ちゃんと、ある。
でも、僕の手は、何も生み出さない。それが、時々、むしょうにさびしい。
自分が、空っぽの壺のように思える。一生懸命、壺の中に手を突っ込んで、隅の方まで、探ってみても、何も見つからない。
小さな石ころ一つでもいい。ささやかでも、何かを夢見て、期待して、磨けるような、そんな小さな石ころ。それが、壺の中から見つかれば……。僕は、必死になって、それを磨くだろう。
でも、僕は、それが見つけられずにいる。
ため息をつく僕の横で、スマホが着信を知らせる。想子さんからの、メールだ。
『何してる?ご飯食べた?』
『食べた。美味しかった。ありがとう』
『どうした?なんか元気ない?』
すぐに電話がかかってきた。
「どうしたん?」
想子さんの声だ。
「あ、いや、べつに、なんもないけど。ちょっとくたびれてた」
「そうか。くたびれたか。今日は、もう早く寝てしまい」
「うん。そう思ってんけどな。なんか寝られへん」
「なんで?」
「なんかさ、僕には、何もないなって。何も、創り出せるもの、あれへんな……って」
「どうしたん?」
想子さんの声が、少し心配そうに曇る。
そこで、僕は、さっきの壺の話をする。
「なるほど。小さな石ころ、か。それで言うたら、私は、小さな石ころだけはあるかな。でも、まだ、まともに磨けたもん、あれへんわ」想子さんが言う。
「想子さんは、めっちゃ磨いてるやん。いろんな石ころ」
僕は、ちょっと想子さんを羨んでいる。
「今日、京都行ったんかて、観光パンフレットの仕事やん。想子さん、自分で、ちゃんと何かを創り出してるやん」
想子さんは、フリーで、イラストを描いたり、文章を書いたり、している。会社に勤めていたこともあるけれど、今は、自分で、創作活動をしている。
そんな彼女が、僕には羨ましい。
「ゼロから何かを創り出せるのって、すごいことやで」
「そんな大したもんとちゃうで」
「大したものやわ。少なくとも、僕には、できへん」
しばらく黙っていた想子さんが、言った。
「ダイ。壺の中の小さな石ころなんて、探さんでええよ」
「なんで?」
「だって、壺の中には入らんくらい、ダイ自身が、大きな石ころやから。いや、『ころ』はいらんかな?」
「……」
「だから、ダイ、それを一生懸命磨いてよ。 きっと、最高のピカピカになるから」
「……」
「ねえ、聞こえてる?ダイ。それで、いつか、最高のピカピカに輝いてるダイと、小さいけど一生懸命磨いたピカピカの石ころもった私と、2人で一緒に歩こうよ。なんかええと思わへん?」
(それ、どういう意味?どういう意味?
めっちゃ、深読みしそうなんですけど)
僕は、ドギマギしてしまう。
ひとの気も知らないで、想子さんは言う。
「あ、磨く、で思い出した。明日、私、帰ったら、一緒に、窓磨けへん?リビングと縁側のところの窓、けっこうやばかった気ぃするねん」
言われてみると、本当に汚れがたまっている。
「たしかにそやな。明日、何時に帰ってくるん?」
「ん~、はっきりとはわからへんけど。あ、一瞬、シンローに会うかな?」
シンローというのは、結婚式場のパンフレット写真を撮るときに、新郎役だった人だ。僕にそっくりの。僕らの間では、シンローが、すっかり呼び名として定着している。
「そんなんせんと、さっさと帰ってき」
「はいはい」
切れた電話を手に、僕は、立ち上がる。
僕の手の中に、磨ける石は、ない。
でも、想子さんが言ってくれた。僕自身が、石なんだと。
(磨こう。磨きますとも。)
そしたら、一緒に歩こう、という言葉の意味も、いつかわかるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます