第25話 すっ飛ばして
大変なことや、面倒なことがあると、時々、思う。よく、ドラマや映画なんかであるみたいに、『……そして、数年後』みたいな、間を思いっきりすっ飛ばす展開が、現実にもあったらな、と。
途中の、しんどいこともつらいことも、思うようにいかなくて、悩んだりしたことも、迷いも何も、すっかりすっ飛ばして、数年後にいけたら……。
まあ、そんなうまい話はなくて、僕は、日々、受験生として、地道にがんばる日々を過ごさざるを得ないのだけど。
……なんて話を、想子さんにしたら、
「あ、あるある。そう思うとき」
そう言って、彼女は話し始めた。
「そういえば、ずっと前、映画見に行ってん。その映画って、『感動で、ラスト涙が止まらない!』『この秋一番の、感動をあなたに!』とかって、すっごく宣伝してたから、秋やし、なんか思いっきり泣けるのもいいな。そう思って観に行ってん」
「うんうん」
「そしたら、隣に座った部活帰りっぽい女子高生たちが、スポーツバッグの中から、分厚いタオル出してきて、
『タオルがいるって聞いたから、ぶあついの持ってきてん』
『え、あんたも? 私も、持ってきたで』
『私もやで。これ、めっちゃ吸収ええやつやねん』
『これで、泣く用意はバッチリやね』
とかって、話してて。そうか! 私も、ハンカチだしとかな。そう思って、ハンカチ手に握って、いつ泣いてもOKなように、備えててん」
「それで? 泣いたん?」
「それがさ、ヒロインと相手の男の子は、高校時代、出会って、お互いをなんとなく好きやと思っているのに、付き合う機会がないまま、進学や就職で、離れ離れになって。あっという間に何年かたって、彼女は海外で、彼は北海道で、それぞれ仕事してるねん。けど、ある日ひょっこり再会して。で、お互い、やっぱり相手のことが好きやなって気づくねん」
「うん」
「彼はさ、結婚してるけど、奥さんとうまくいってなくて、ほぼ離婚するとこで。彼女は独身で、自分は彼が心の中にいたから、1人でも海外でがんばれた、でも今は、彼のもとに戻りたい、と思って」
「で?」
「で、お互い、気持ちが今度こそ盛り上がって、一緒になるねん」
「ふ~ん。……めっちゃハッピーエンドやね」
「そやねん。めっちゃハッピーエンドやねん。しかも、ヒロイン以外も、登場人物みんな、誰かしらとカップルになって、幸せになるねん」
想子さんは、笑いながら続ける。
「あまりにハッピーすぎて、エンドロール見ながら、一体、どこで泣いたらよかったんや? と思って首ひねってたら、隣の女子高生たちも、
『これ、使うとこなかった……』って、タオル握って呆然としてて。……めっちゃおかしかったわ。
でさ、考えてん。何で泣かれへんかったんか」
「なんで?」
「主人公たちの苦労するシーンが、ほとんどなかってん。相手のことを思い出して泣くシーンは、時々あって、ヒロインはめっちゃ美しい泣き顔みせるねん。でも、悩んだり、怒ったり、もがいたり、悔しがったり、みっともないところは、ないねん」
想子さんは言う。
「あんまり、どろどろした話はいらんけど。でも、それなりの苦労や葛藤は、あってもええんちゃうかな。それがあるから、嬉しかったり感動したりするんちゃうかな」
「そやな。しんどいこと、あっさりすっ飛ばして、『……そして数年後』なんて、つまらんよな。確かに。……しゃあないなぁ。まあ、地道に僕も頑張るわ」
「そうそう。苦しみも味わってこそ、あとの楽しみがあるんやで~。めっちゃ、応援してるからね。私が、京都で、思いっきり、楽しめるように。がんばってや~」
ちょっと待って。
僕、想子さんから、一旦、離れようって覚悟決めたつもりやのに、なんか、京都でも一緒にいることになりそうな気がするのは、気のせい……?
ひとの気も知らないで、想子さんは、京都のガイドブックを嬉しそうに、めくっている。
(何それ、あちこちに、いっぱい付箋ついてるやん……)
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