第24話  ライバルは


 目標が定まったおかげで、

やりたいこと、やらないといけないことが、

はっきり見えてきた。

僕の受験対策はやっとスタートだ。

高2の秋のスタートは遅い。

とりかかりが遅かった分、計画をしっかり立てる。


 予備校へは行かないつもりだ。友人たちの多くは、予備校の冬期講習に申込み、週に3日塾に通ったり、家庭教師をつけてもらった、

という奴もいる。


 某会の通信講座に申し込むのはどうか? と一瞬思ったけど、

「確か、中学のときに、やってたよね、通信講座。あのとき、どうやった?」

 想子さんに言われて、僕の記憶によみがえったのは、届いたあと、封筒から出すことさえしないで、机の横に積み上げたままの課題だ。


「そやな。僕ら、あれには、向いてなかったな」

「あら、私は、中学のとき、5回くらいは、ちゃんと課題やって送ったで。ダイは何回?」

「2回。そんな、かわらんやん」

「でも、まあ、向いてへんことは確かやね」

「そやな」

「何で、塾とか行かへんつもりなん?」

「ん~、行かんと受かったら、なんかかっこいいと思わん?」

「たしかにね。でも、効率よく勉強するコツとか、対策とか教えてもらえるんちゃう?」

「そのへんは、学校を利用するわ。けっこう、本気出して目指してる生徒には、個別指導や特別講座やってくれるねん」

「ありがたいね。私が行ってた高校は、ほったらかしで、そんな面倒見てくれへんかったな」

「そうか。まあ、でも自由な校風でいいって言うてたやん」

「まあね。でも、ダイが必要やと思ったら、ちゃんと予備校も申し込んだりするから、言わなあかんよ。イギリスからも、頼むよって、言われてるし」

(もちろん、英国に言われているのではなく、英国にいる両親が言っているという意味だ)

「へいへい」僕は答える。



 最近、想子さんが、前ほど無茶を言わなくなった。雑用は、黙って自分がやろうとする。庭の手入れや掃除さえも、1人でやろうとする。


「僕もやるから。気分転換にもなるし」

「うん。まあ、でも、今日は、こっちでやっとくよ。ダイは、勉強!」

 なんか、想子さんらしくない。今までなら、『これくらい、気分転換になるからやったら?』って、言ってただろうに。

 逆に気になって、僕は、庭の気配に耳をすます。

 チョキチョキと、剪定ばさみの音がする。軽快な音が響く。

 機嫌は良さそうだ。そう思った次の瞬間だ。


「わああ!」

 大きな声がして、バターンと何かがひっくり返る音。

 僕は、大慌てで、階段を駆け下り、庭へ飛び出す。


 想子さんが、脚立ごと倒れている。その横に、剪定ばさみが落ちている。

 僕は、心臓が止まりそうなくらい焦って、必死で、想子さんに駆け寄る。


「想子さん!大丈夫?」

「だいじょぶだいじょぶ」

 意識はある。

「頭は? 打ってない?」

「うってない」

「どこかぶつけた?」

「かた。ひじ。それと、足、くじいたかも」

「動かせる?」

「うごかせるけど、けっこう痛い」

 痛そうだけど、骨折はしてなさそうだ。

「よし。病院行こう」

「ええ~、いいよ。湿布しといたら、なんとかなるよ」

「行って診てもらおう。その方が安心できるやろ」


 ためらう想子さんを、抱え上げて、一旦、家に運び入れ、僕は、医者に行く用意をする。土曜診療の、診察時間に間に合いそうだ。


 タクシーで病院に向かい、診察を受ける。

 肩も肘も、強くぶつけた痛みはあるけど、骨は無事だ。足首も、脚立を踏み外した時に捻挫したようだけど、こちらも骨は無事だった。

 診察を終えて、薬局で、薬を受け取ると、やっと、僕の心臓は、バクバクがおさまった。


 再び、タクシーに乗って帰宅し、想子さんを支えて、リビングのソファに連れていく。

 想子さんは、ずっと、言葉少なに、神妙な顔をしている。

「ごめんな。ダイ」

「骨、無事でよかったね。今日は、お風呂はあかんで」

「うん。わかってる」

「無理に、全部、1人でやろうとせんでええで。一緒にやったら、早く片付くし、僕かて気分転換になるし」

「うん。かえって迷惑かけたね。ごめんな」

 心なしか、想子さんの目が潤んでいる。

「何言うてんねん。そんなん謝らんでええねん」

 しょんぼりした想子さんを見ると、たまらなくなって、僕は、彼女の頭を思わず抱え込む。

「あほやなぁ。無理せんでええねん。……痛かったやろ。ごめんな。あんな高いところ、1人でさせて。今度からは、絶対一緒にやろな」


 僕の腕の中で、うなずいた想子さんは、なんだか、いつもより小さな子どもみたいに頼りなげで、愛おしい。

 おさまったはずの、僕の心臓が、再び、バクバク言い始める。

 やばい。

 そう思ったとき、想子さんと僕のお腹が、心臓より強く自己主張した。

ぐぐ~っ。


「へへ。骨、無事ってわかったら、なんかお腹空いてきた」

 想子さんが笑う。

「そやな。何が食べたい?」

「う~ん。ハンバーガーにする?」

「いいね。メニューのパンフ、どっかにあったっけ?」

「あ、キッチンのテーブルの上」

「今日の昼は、ハンバーガーにする気満々やったんやね」

「うん。昨夜、最終回の花村 礼、見返してたら、あまりにも、美味しそうで、どうしても食べたくなってさ」

(録画したやつ、また見てたん?)

 僕のライバルは、依然として、花村 礼のようだ。

 想子さんてば……ひとの気も知らないで。



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