第23話  まずは、そこ


 想子さんが、出来上がったパンフレットをもらってきた。

思ってた以上に、可愛らしい写真もいっぱいある。初々しい雰囲気で、ほほ笑み合っている写真もある。

 最後のページは、あの、チャペルでの見応えある一枚だ。

各ページには、写真に合わせたコピーや、サービス内容の説明なども載っているけれど、それより先に、写真に目が行く。


 パンフが出来上がったという連絡を聞いて、想子さんは、わざわざ京都に出かけて、受け取ってきたのだ。

「郵送してもいいですよ、て言うてくれはってんけどね。早く見たかってん」

 想子さんは言う。

 なぜか、8部くらいもらってきている。

「なんで?」

「いや、知り合いとかにも配って、宣伝してね、って」

「なるほど」

「ダイにも一部あげるよ」

「え?」

 ドキッとする。

 一瞬、欲しいかもと思っていた。

 いつもの僕なら、要らない、というところだ。

 ただの撮影であろうと、想子さんの横に誰かがいる。なんて、ほんとなら耐えられない。

 でも、どの写真を見ても、不思議なくらい、嫉妬心がおきない。

 それどころか、この写真たちに、僕は背中を押されている。


 この前、僕は、イギリスにいる両親に会いに行った。

 そこで、進路について、相談、というかお願いをした。

 結局のところ、まだまだ当分、僕は親に頼ることになるので、そこのところ、了解をしてもらうためだ。

 僕の行きたい大学は、京都にある。

 そして、そこに行くとなると、下宿することも必要になる。しかも、目指す医学部は、6年はかかる。学費も下宿代も、通常よりも多くかかってしまう。

 大阪の大学でもええやん、とも思っていた。この家から通えるところを考えようとも。


 でも、僕は、気づいたのだ。

 ずっとそばにいる限り、そばにいることが当たり前の存在になりすぎて、いつまでたっても、想子さんにとって、金太郎の腹掛けをした赤ちゃんの僕、頼りなくて、おっちょこちょいの僕、そんな僕のままでしかいられないのだ、と。


 結婚して6年、子どもができなかった両親は、事故で親を亡くした遠縁の赤ちゃんを引き取った。

 それが、想子さんだ。

 そして、その6年後に生まれたのが、僕だ。僕は、小6のときに、偶然そのことを知った。

それまで、僕はずっと、

『大きくなったら、想子ちゃんをお嫁さんにする』

と言っていたらしい。あまり記憶にないが。

むしろ、その頃から、口に出さなくなった分、僕の心の中には、逆にしっかりと、その思いが、根付いたように思う。


 でも、絶対、口に出しては言わない。

 そう決めていた。

 もしも、僕が、想いを口にしてしまったら。

 想子さんは、安心できる家族をなくすことになる。

 無条件に自分を信じて守ってくれる、安心できる居場所。

 何も気にせずに、くつろいでいられる場所。

 それを、想子さんから奪ってはいけない。

 家族を、想子さんから奪いたくない。

 僕が、一方的な思いを、彼女にぶつけてしまったら。

 もしかしたら、彼女は、もうこの家にいられない、そう思ってしまうかもしれない。

 それが怖くて。


 僕が、いつかちゃんとした大人になって、彼女と僕とで『家族』になれることを目指そう。

 やっと、そう思えるようになった。

 やきもきしながら、ずっとそばにいるだけの、そんな僕から抜け出そう。そう思ったのだ。


 パンフレットの中の写真は、そんな僕の、

『いつか』を夢見させてくれる。


「想子さん、僕な、京都の大学、行くよ」

「うん。いいね」

「そしたら、下宿することになると思う」

「いいね」

 想子さんが、嬉しそうに言う。

「え?」

 僕は、戸惑う。

「僕、家を出ることになるで」

(さみしくないん?平気なん?)


「そやな。ここから通うのは大変やもんね。

でも、ダイがいてたら、いつでも、京都に、タダで泊りがけで行けるから、お得やわ」

 ひとの気も知らないで、想子さんは、

 大好きな京都に、無料宿泊所を確保できると、喜んでいる。

 う~ん・・・。

 ため息をつく僕に、想子さんが言った。

「じゃ、がんばって合格しないとね。期待してるよ!」


 そうでした。

 まずは、そこでした。


「栄養のあるもん、作ってあげるから、がんばってね」

「うん・・・」

道のりは、まだまだ遠い、のか?



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