第22話 その道の先で
いよいよドラマは最終回だ。
僕と想子さんは、リビングのテレビの前に座る。
事件はいつも以上に、ハラハラする展開で、途中、 もしかして、礼がケガをしてしまうんじゃないか、なんてシーンもあって、僕は、焦る。
おいおい、ケガしたら、大事なコンサートできへんで。
そう思ってから、『そや、ドラマやった』と安心する。
なんてこともあるくらい、話に入り込んでいた。
事件も無事解決し、いよいよ、コンサートシーンだ。アンコールで、リクエストされたのは、なんと、……『心の瞳』だった。やばい。
しかも、花村 礼が、自分まで、一緒に歌うと言う。
僕は、胸がいっぱいになる。
僕がリクエストしたのは、この曲だ。
もう、前奏を聞いた瞬間に、涙で目の前が揺れる。
僕は、歌わずに、ピアノと、礼と会場の歌声に集中する。
想子さんも、静かに聞き入っている。
2人して、涙が流れるままに、歌に浸る。
素晴らしい歌には、人の心を、前に向かせる力がある。
たとえ、悲しい歌でも、思いっきり泣かせてくれた後に、立ち上がれる勇気と気力が、心の中に生まれている。
この歌は、温かくて、優しい。
そして、深い愛情で、聴く人を包み込む。
この歌は、僕の中の迷いや、もやもやした気持ちを、きれいに洗い流してくれた。
そして、そっと背中を押してくれる。
僕は、静かに、心を決める。
リクエストで、この歌が演奏されたら。
僕は、この家から離れることになる進路を選ぼう、そう決めていた。
いや、もうすでに、心はほぼ決まっていたけど、この温かな日常を抜け出す勇気を出せずにいた。
彼女のそばで、ささやかな幸せに満ちた毎日を、この先もずっと、続けていくこと、それは決して、不可能なことではない、かもしれない。
でも、僕は、あのチャペルで撮られた、想子さんと僕にそっくりなその人の写真を見て、一つの予感を抱いた。
そんな日を、いつか実現できるかもしれない予感。
そのためにも、僕は、動き出そうと思う。
ずるずると、今の日常にしがみつくのではなく、離れることを恐れずに。いつか、その予感を現実にするために。
僕自身がやりたいことを、きちんと追いかけよう。
そして、その道の先で、彼女と向き合えたら、いい。
僕は、いつか必ず、彼女に釣り合う、大人の男になる。
そして、いつか。
この歌のように、お互い、手を取り合い、労りあって、一緒に生きていけるような、存在になる。
彼女を置いて、どこへもいけへん。そう思っていた僕だけど。
僕は、僕の道をちゃんと歩いていかないといけない。
いつのまにか、僕は、握りしめた右手を、左手で、包むように、ぎゅうっと握りしめていた。
「ダイ、えらい気合入ってるね。もしかして、リクエストこの歌やったん?」
「ん?ああ、うん。めっちゃええ歌やよな。曲も歌詞もすごくええよな」
「うん。最終回が、この曲ってばっちりやね。……それにしても、これ、めっちゃ美味しそう」
画面では、コンサートを終えて帰る電車の中で、2人が、とびきり分厚いハンバーガーを手にしている。
町おこしで売り出すのだと言って、電車に乗る前、ヒロインが、2人に手渡していたやつだ。
ハンバーグ、ベーコン、レタス、トマト、チーズ、目玉焼き、およそ思いつく限りの具材が挟まっている。
「でも、外で食べるには勇気要るなあ」
「顔も手もべたべたなりそう……。わあ、可愛い。ソース、私が拭いてあげたいわぁ」
想子さんが、声をあげる。
画面では、花村礼が、果敢に大口でかぶりつき、顔にソースがつきまくっている。嬉しそうな表情で、かなり美味しそうだ。そして、助手のおじさんに、ニコニコしながら拭いてもらっている。
こんな可愛い感じなのに、いざとなったら、ちゃんと落ち着いた大人の雰囲気も漂わせる。
そのギャップがすごい。
大人の男性になりたい、と言っても、マッチョな路線は、僕には、無理そうやから、この人みたいな、カッコ可愛い路線を目指すか。
何にせよ、みてろよ。想子さん、
僕は、いつか、堂々と……。
ふと横を見ると、ひとの気も知らないで、想子さんが、画面の礼の笑顔に見とれている。その手に、ティッシュを握って、今にも、画面に手を伸ばしそうだ。
う~ん……
僕はため息をつく。
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