第21話  百年早い


 今日は、例のドラマの最終回だ。10分拡大版。

 天才ピアニスト花村 礼の活躍?を描いたドラマは、今季のドラマの中で、多くの注目を集めていた。かっこいいシーンとずっこけな、笑えるシーンとのバランスが絶妙で、おまけに泣けるシーンもある。


 今どき、視聴率はあまり関係ないと言われる中でも、視聴率も、動画再生率も高く、人気はピカイチだ。

 最終回に演奏される曲についても、様々な推測が、飛び交っている。


 実は、秘かに僕も、リクエストを出していた。

 ずっと昔の歌だというけど、僕らの世代にとっては、合唱コンクールで、課題曲になるくらい有名な曲だ。

 僕は、この大好きな曲で、一つの賭けをした。だから、想子さん以上に、実は、朝からソワソワして、上の空なのだ。


「ちょっと、ダイ!お水、あふれてるで」

 想子さんの声がする。

 ふと見ると、コップからあふれた水が、テーブルに広がっている。

「あ、ああ。ごめんごめん」

 あわてて、布巾で拭く。

「どうしたん?」

「ん。ちょっと考えごと」

「何か悩んでる?」

「いや、進路希望調査。なんて書こうかな、て」

 さらっと答える。

「そうか……。ダイは何がやりたいの?」

「いや、僕才能ありすぎてさ、困るねんなあ」

 すこし笑ってみせる。でも、想子さんは、いまいちの反応だ。そして、真剣に言う。

「今選ぶ進路を、必ずしも一生絶対に続けなあかん、てわけじゃないから。やりたいこと、気になることは、なんでもやってみたらええと思うよ」

「うん」

「ダイは、今、一番何がやりたいん?」

「迷ってる」

「ん、迷えるのは、ゼイタクな話やね。迷いたくても、自分の能力が足りへんとか、経済的にむりとか、いろいろあるもん。ダイは、何でも器用にできるから、かえって、迷うんやね」


「で、来週、イギリスに相談しに行ってくる」

 イギリスにいる両親に相談する、という意味だ。(英国に相談するわけではない)

「あら、いいね。私も行きたいな。あ~でも、今月は、ちょっと予定詰まってるから、難しいな」

「5日間ほどやから。すぐ帰ってくるし」

「いいね。二人とも、久しぶりにダイに会えたら、きっと、めっちゃ喜ぶんちゃう?もう知らせたん?」

「うん」

「チケットも取ってくれた」

「そっか」

「何をやるにしても、スポンサーの了解は必要やしね」

 そう言いながら、僕は、自分が情けなくもどかしい。すべて親がかりで、僕の手は、何一つ自分の生活を支えられていない。

 そんな自分が、自分と自分以外の誰かとの将来を夢見るなんて、百年早い!と言われそうだ。


 僕は、どうしようもなく、ガキだ。

 想子さんの膝の上でお昼寝をして、彼女のお気に入りのスカートにヨダレをたらして困らせた、金太郎の腹掛けをして、必死で彼女につかまって立ってた、そして、今でも涙腺ゆるゆるで、すぐ泣いてしまう、そんなどうしようもない、ガキだ。

 何一つ、自分では成し得ていない、ちっぽけな、ガキだ。

 

 ちゃんと成長しよう。

 温かで居心地のいい、人に守られているだけの『今』から、しっかり自分で自分の人生を支えられる『前』に向かって。


 いつかその道の先に、彼女との未来があるのなら。

 昨日見た、チャペルでの写真が、そんな予感を、僕に抱かせた。


 ぼんやりしている僕に、想子さんが声をかけた。

「ダイ、パン焼けたよ!」

「うん」

「ほら、コーヒー」

「うん」

 思わず、ぐいっと飲む。熱い!

「あっち~」

「もう何やってんの!ほら、水」

 差し出されるコップを受け取って、大急ぎで飲む。

「舌、ヤケドした……」

 無意識にダジャレになっていて、自分で笑ってしまう。

「ほんまに……。おっちょこちょいやねえ……」

 言いながら、想子さんも笑っている。

「のんきにダジャレ言うてるひまないで。早く食べやな、遅刻すんで」

 ひとの気も知らないで、想子さんは、僕をせかす。

 わかってるって。

 でも、なんでやろ。

 僕、外では、落ち着いててかっこいい、って、よく言われるのに、想子さんの前では、ぐだぐだやん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る