第20話  不思議な気持ち


 「ただいまっ!」

想子さんが、玄関に飛び込んできた。

ちょうど郵便物を取り込んで、家に入ったばかりだった僕は、

まともに、想子さんを受けとめる形になった。


「ただいまただいま」僕の腕の中で、想子さんが繰り返す。

「おかえりおかえり」受けとめた僕も繰り返す。


「いっぱい、報告があるねん」

キラキラした目でそう言う想子さんの手には、大きな紙袋がある。

受け取って、中をのぞく。

京都の料亭の名前のついた、お弁当の包みが入っている。

今日は、どうやら、晩ご飯のことを、忘れなかったらしい。


「わかったわかった。ちゃんと聞くから、まずは晩ご飯食べよう」

「うん」

「あ、でも、先にシャワーしたいわ。ええかな?メイクが濃くて、

なんか落ち着かへんねん」

そう言われて、想子さんの顔を見ると、めったにしないアイメイクも

しっかり施された、大人っぽい仕上がりだ。

「ええやん。美人にみえなくもないで」

「ふふ。そりゃあ、何をしても、もとがええからねえ」

ちょっとした僕の皮肉もあっさりスルーして、彼女は笑う。

「ま、ちょっと待っとって。さっさと済ませてくるし」


言葉通り、さっさといつものすっぴんに戻った想子さんは、

スマホを手に、食卓にやってくる。

テーブルには、彼女が買ってきたお弁当がスタンバイずみだ。

料亭の味に敬意を表して、お茶もいつもより少しいいものを、

丁寧めにいれる。

「いただきます」

手を合わせて、2人で箸をとる。

「わあ。美味しい!迷ったけど、いつもより、ちょっとええのを、

選んだ甲斐があったわ」

「うん。ほんまにええ味。この高野豆腐もめっちゃ味がしみてて」

夢中で食べてるうちに、弁当箱は、あっさり空になってしまった。

「なんか、私ら、ええもん食べても、値打ちないね。あっという間に

食べてしもて・・・。もっとゆっくり味わわんと」

「そやけど、お腹空いてて、しかも美味しかったら、しかたないな」

「そやねえ」


想子さんの空になった湯飲みに、僕は、お茶を注ぐ。

最近は、だんだん、熱いお茶が美味しく感じる季節になってきた。

想子さんは、嬉しそうに、湯飲みを両手で包んで、そのぬくもりを

手のひらで楽しんでいる。

彼女が、ワクワクしている気配が伝わってくる。

でも、逆に、僕は少し不安だ。

びっくりしたことって、なんなんだろう?

まさか、相手役が、花村 礼だとか。・・・それはないか。


片づけをすませて、リビングのソファに座り、

「さて、では、びっくりの報告を、してもらいましょうか」

僕が言うと、想子さんは、待ってました!とスマホを差し出す。

「これこれ」

そこに写っているタキシード姿の男性を見て、僕は、驚いた。

いや、驚く、なんて言葉は、あまりに控えめすぎる。


「僕やん・・・!」

「そやろそやろ。そっくりやろ?でな、この人やねん。この前雑誌譲ってくれた人!」

「え?ほんまに!?すっごい偶然やん。しかも、ほんまに僕に似てるし・・・」

驚いている僕に、想子さんが言う。

「ダイが、あと5,6年、トシとったら、こんな感じかなって。

まあ、今とそんなに変わらへんけど・・・」

「相手役のモデルさんって、この人やったん?」

「いや、なんかようわからへんけど、ほんまは違う人やったみたい。

この人はピンチヒッターやって言うてた」

「へえ・・・」

僕の頭に一瞬よぎったのは、この人でええなら、男性モデルも

公募してくれてたら、僕、いけたかもしれへんやん、ということだ。

想子さんは、スマホに収めた写真を、何枚か見せてくれる。

スタッフさんに頼んで、自分のスマホで、撮ってもらったらしい。

きれいな芝生と、所々に花の咲いている庭で撮ったものや、

趣のあるホールで撮ったものがある。


何より、印象的だったのは、小さなチャペルで、撮ったものだ。

厳かな雰囲気の中に、優しさや温かさも感じられる1枚だった。

高い窓から差し込む光と、柔らかな照明のせいか。

「その写真はね、西條さんの撮りはったものを、特別に、

いただいてん。せやから、これは、門外不出。

自分が写ってても、これは、西條さんの作品やから」

スタッフに撮ってもらったという、スナップ写真風のものとは、

明らかに、ちがう。


被写体の二人は、かすかにほほ笑み、厳かな空気の中にいる。

柔らかな光に包まれて、お互いの交わす眼差しの中に漂うのは、

優しさ、愛情、信頼か。

その一方で、何とも言えない色っぽさをも醸し出している。

「これが、西條さんの作品のすごいとこやねん」

想子さんが、自慢げに言う。

でも、ほんとに素敵な写真だ。

たぶん、パンフレットで、この写真を見たら、

『ぜひ、ここで、自分も!』と思う人も多いに違いない。

もしかしたら、

『う~ん。むり』と気後れする人もいるかもしれないけど。


想子さんの隣に、他の誰かが立つところは見たくない。

そう思っていた僕だったけど、

あまりに、彼が似すぎていて、不思議な気持ちになる。


想子さんのスマホが、メールの着信を告げる。

メールを読んだ想子さんが言った。

「やった」

「どしたん?」

「前に、本屋さんでききそこねたトレーナー、どこで買ったか

教えてくれた」

彼と、連絡先のやり取りまで・・・。

チクリと感じる、これは嫉妬?


ひとの気も知らないで、想子さんは、すごく嬉しそうだ。

「ダイ、よかったね!これで、ちょっと素敵な服、買えるで。

あ、なんなら、私がプレゼントしたげるわ。きっと似合うはず」

どうやら、メールが来たことより、店の名前がわかったことが、

嬉しそうにも見える。

想子さんてば・・・。


「じゃあ、プレゼント、お待ち申し上げております」

「了解!」


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