第19話  帰っておいでよ


 今日は、撮影で想子さんは、京都に出かけている。


「今日こそ、なんか美味しいもん、買うて帰るからね。何にするかは

まかせてね」

出がけに想子さんは、そう言ったが、

「へいへい。あてにせんと、期待しとくわ」

僕は、少しそっけなく、彼女を見送った。


結婚式場のパンフレットに載せる写真の撮影らしい。

前から、ウェディングドレスを着てみたい、と言っていたので、

それを着られるとあって、決まったときは大喜びだった。

ダイエットだ、エステだと、めちゃくちゃ張り切っていた。

しかも、写真を撮ってくれるのが、彼女の好きなフォトグラファー、

西條美香さんなのだという。

彼女の写真は、いつも自然の光をうまく活かして、被写体の一番

輝く美しい瞬間をとらえたものなのだと、想子さんは言う。

彼女が撮ると、性別を問わず、驚くほど艶やかに、表情も美しく、

色っぽくなるのだと。

 

今回は、リニューアルした結婚式場のパンフレット撮影で、

一般公募の新婦役のモデルは、書類選考と面接で選ばれ、

運よく、想子さんはその役を射止めた。


今日が、その撮影日なのだ。

新郎役のモデルは、若手のタレントらしい。

こちらは公募はなく、最初から決まっていたようで、

もし、公募してくれていたら・・・と、内心思わないでもない。

もちろん、選ばれるとは限らないけど。


想子さんのウェディングドレス姿は見たい。

でも、誰かが彼女の隣にいるのは見たくない。

ただの撮影なので、別に嫉妬というほどの感情はないにしても。

・・・ただの撮影なんやし。

花村 礼が相手役ならともかく。

・・・ただの撮影なんやから。


 僕は、気持ちを切り替えて、机の上に置いた進路希望調査用紙に向かう。

最近、進路について、考えることが多くなった。

両親は、進学でもなんでも、自分の好きなようにすればいいという。

自分の好きなように。

それは、一見、相手の自由を尊重しているようで、ある意味、

ちょっと突き放した、冷たい言いかたのようにもきこえる。

もちろん、彼らは、そんな冷たい人たちではないから、相談すれば、

一生懸命答えてくれるはずだ。

これまで、僕が、何も相談をしてこなかっただけだ。

それなのに、好きなようにと言われると、淋しくなってしまうなんて、

どれだけ、勝手で情けない人間なんだか。

自分の、あまりのガキっぷりに、へこんでしまいそうだ。

ただ、いろいろ話してアドバイスをもらったり、自分のときは

こうだったとか、ちょっとした体験談でもいいから、聞かせてほしいと

思ったりするのだ。


友人たちは、親の時代とは受験の状況も違うんやし、聞いても仕方ない、

聞きたくない、とさえ言う。

毎日、小言を言われるだけで、もうたくさんやし、と。

中には、日々、進路に関して、親からの様々なプレッシャー(なんとしても国公立へ、さもなくば就職だ、学費の高い私学などは、もってのほかだ……などなど)を浴びているやつもいて、黙って学費だけ出してくれたらええねん、ほっといてほしい、そう言う奴もいる。


今どきは、就職の方がはるかに、難しい。

国公立大学の授業料だって、決して安くはない。

理系にすすむと、文系よりさらに大きな費用がかかる。


学費のことは気にしなくていい。

両親はそう言ってくれている。

それが、本当にどれだけ幸せなことか、よくわかっている。

ただ、僕の心が、優柔不断なだけなんだと。

自分の中の心の揺れが、僕を目隠しして、迷子にしているだけなのだ。

書けないでいる進路希望調査用紙を前に、僕は、頬杖をつく。



しばらく考えて、一つだけ、僕は心に決める。

進路を確定する前に、一度、イギリスにいる両親に会いに行こう。

そして、きちんと相談をしてみよう。

相談したいと言ったら、彼らは、一時帰国を考えてくれるかもしれない。

でも、僕は、想子さんのいないところで、想子さんの顔を見ないで、

進路について考えてみようと思うのだ。


スマホが、メールの着信を知らせる。

『びっくりすることがあってん!』

想子さんからだ。

ひとの気も知らないで、想子さんは、たて続けに、

びっくりしたクマや、びっくりしたネコや、ありとあらゆる、

びっくりした生きもののスタンプを送りつけてくる。

想子さんてば・・・。

僕は、ため息をついて、返信する。

『早く帰っておいでよ。聞くから」

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