第18話 余裕の
僕は、かさばる額を抱えて、途方に暮れている。
一週間前、例の、きゅんきゅん大賞が発表された。結果発表は、和紙に墨書して額装、加えて、廊下に展示、という形で、いきなり行われた。
大賞以外に、得票数の高い上位7点のきゅんきゅん賞も、大賞とともに展示されている。今年度は、額の寄贈があったとかで、大賞作品以外も、額装されている。
朝から大変な人だかりだ。
作品を提出する前は、なんでこんなことさせるねん、とみんな、さんざんぼやいていたのに。それでも、やはり、もしかして……と思うのか、展示作品を端から熱心に見ている。
大賞は、ひときわ大きな額に、ダイナミックな字で、墨色も鮮やかに書かれた俳句だ。僕も想子さんも、きゅんとくる、と思った作品だ。俳句って、すごい。そう実感させてくれた作品でもある。
その次に票を集めたのは、一生懸命カッコつけてるのに、思いがダダ漏れ、と想子さんが評した、短歌だった。
想子さんと僕の予想は、ここまでバッチリあたっている。
ふと僕は、いやな予感がした。
まさかな。
作品たちを見ていく。
やれやれ、なんとか大丈夫か、と思ったら、最後の最後に、僕は見つけてしまった。
これ。……僕のやん。
例の、昨日の僕と今日の僕と明日の僕の出てくる、詩? か何か、よくわからないやつだ。しかも、行数が多いので、じわっと大きめの額なのだ。
しまった。
俳句にしとけばよかった。(ようつくらんけど)
『 そうだ。
ぐだぐだ考えずに、好きなもんは好き。
とりあえずは、それでいい。
この先の道に、何が在ろうと、
今日の僕の、この想いは
今日の僕だけのものだ。
昨日の僕にも、
明日の僕にも、
さわることのできない、
今日の僕だけのものだ。 』
ぐだぐだでも、悩みまくっても、ただひたすら、ひとりで、この想いを抱えていようと、そう心に決めて書いたのだけど。
今読むと、なんかちょっと傲慢なことを言ってるような、そんな気もする。
それにしても、墨書の威力。
僕のひそかな決意が、くっきりと鮮やかな墨色で、真っ白な紙の上に、きりりと描き出されている。
僕が、自分の作品の前を離れていったあと、何気なく振り向くと、僕の作品の前に、先日、僕がごめんなさいを言った彼女が立っていた。作品を見ながら、友達と何かを話している。
あれから、僕は、彼女と挨拶ぐらいしか交わせていない。そして、会えば、お互い、遠慮がちに目を伏せてしまう。
また、もとの友達に戻るのには、もう少し、時間がかかりそうだ。
彼女の友人たちが、時々、僕をキッと鋭いまなざしで見てくるのにも、少々困っているけれど。
今、それに加えて困ったなあと思うのは、これ、ほんまに、僕、持って帰るん? ってことだ。
あれから、一週間。
僕は、受け取った額を抱えて、家路をたどる。
これ、どこに置こう。
僕は、かさばる額を抱えて、途方に暮れていた。
家に着いたら、真っ先に自分の部屋に直行して、クローゼットにしまい込む。それしかないな。
どうか想子さんが留守でありますように。
「あ、おかえり~!」
鍵を開けるより先に、ドアが開いて、想子さんが言う。
(なんで、おるん。)
「今日は、外食しようと思って。ステーキ食べに行こ」
「いいね」
「手に持ってるの何?」
「なんでもない」
「額?」
「ちゃう」
「あ、もしかして」
「ちゃうちゃう」
「見せて」
「いやや」
「じゃあ、じゃんけん!」
「ええよ」
「最初はグー!じゃんけんほい!」
僕はパーで、想子さんは、グーだ。
「ふふん。僕の勝ちやな」
僕は、余裕の笑みを浮かべる。
「くっそう」
想子さんは、悔しそうだ。
僕は、さっさと2階へ上がる。クローゼットの奥に、額をしまい込み、カバンを、机の足元において、部屋を出る。
ステーキハウスに向かう道々、想子さんが首をひねっている。
「なんでやろ、いっつも、ダイには、じゃんけん負けるなあ。ダイ、ほんまじゃんけん強いよね」
「せや。じゃんけんで、僕に勝とうなんて、百万年早いわ」
どうやら、想子さんは、自分がいつも、『最初はグー』のあと、必ずグーを出すってことに気づいていないらしい。
もちろん、教えてやるつもりは、さらさら、ない。
「それにしても、なんで突然、ステーキ?」
「ふふん。……ちょっとええことあってん」
想子さんが不敵な笑いを浮かべる。
「なになに?ええことって?」
僕は、気になって焦る。
「ないしょ~。」
「じゃあ、じゃんけんっ!」
「ええよ」
「最初は、グー!じゃんけんほいっ!」
僕は、チョキを出し、想子さんはグーを出した。
しまった! 僕は、焦ると、しくじる。
「あ、勝った!じゃあ、ないしょ~」
想子さんが、ちょっと、いじわるく、にやっと笑った。
「え~。何? 何なん?」
「まあ、何が、ええことかは内緒やけど、今日は、豪勢にいこ」
ゴキゲンな想子さん。
僕は、気になってしかたない。
「え~。おしえてや~」
ひとの気も知らないで、想子さんは、余裕の笑みだ。
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