第17話 甘やかしすぎ?
「見て見て!これ!」
研修で京都に出かけていた想子さんが、帰宅するなり、僕に見せたのは、1冊の雑誌だ。
「うわ。花村 礼!」
「そう。いいでしょう」
想子さんが僕に見せた雑誌の、表紙でほほ笑んでいるのは、僕ら(特に想子さん)が、ハマっているドラマの、ピアニスト 花村 礼だ。
役のイメージが、あまりにハマっているので、最近は、ついつい役名で呼んでしまう。
雑誌の表紙にしては珍しく、目線をこちらに向けず、ドラマのシーンを思い出させるような、ピアノに向かう姿だ。
唇の両端をそっとあげて、ほほ笑んでいる。
「このほほ笑み! 今は、こっち向いてなくても、次の瞬間に、ふっと目をあげてこっち見てくれそうで。あかん~目が吸い寄せられて離れへん……」
「ふ~ん」
「京都で運よく、これ買えてさ、もう、帰りの電車の中で、ずっと見ててん。記事も面白そうやで」
「ふ~ん」
「それとな。これ買うときに、ちょっとびっくりしたことあってん」
「うん?」
「いや、本屋さんで、この本を手にもって、買おうか買うまいか、って
迷ってる人がおってさ。どっちするんやろ、って、じーってみててん」
「想子さん、目でプレッシャーかけてたん?」
「ちゃうちゃう。その人ぜんぜん、気ぃつかんまま、ずっと迷ってるから、『買うの買わへんの?』ってきいた」
「え、まじで?」
目でプレッシャーどころじゃなかった。想子さんてば。
「ちょ、直接きいたん?」
「うん。でないと、あかんかったら、次の店にすぐに買いに走らなあかんし」
「そんなに売れてるん?」
「うん。売り切れ続出っていうてた」
「売れ切れ、て言われると、余計買いたくなるからなあ」
「そや。それでな、買うの買わへんの? ってきいたら、その人、はじめて、私に気ぃついて、すみません、っていうて、すぐに渡してくれはってん」
ええ~。なんて申し訳ない……。
僕は、想子さんの代わりに、その人に、ごめんなさいと言いたい。
「で、その人に何て言うたん?」
「思いっきり笑顔で、『え、いいんですか?よかった~。それ最後の1冊みたいやから、あかんかったら、他のお店回ろうと思ってたんです』~って」
ああ。最後の1冊なのに……。気の毒に。
「いや、でも、念のために、『ほんとにいいんですか? 私が買っても?』って、きいたら、どうぞどうぞ、って言うてくれはったもん」
相手の人は、きっと、想子さんに圧倒されてしまったんだろう。
ほんとにごめんなさい。
僕は、見知らぬその人に、心の中で手を合わせる。
「それでさ、びっくりしたのは、本を譲ってくれたこととちゃうねん」
「何なん?」
「その人さ、そっくりやってん」
「うん?」
「ダイに」
「……正確に言うと、5,6年後ぐらいのダイかな?って感じ。
ちょっと落ち着いた雰囲気で」
「へえ……」
「細身でスタイルよくて、普通に、トレーナーとジーンズって服装やのに、ちょっとお洒落な色とデザインの着てて。前髪は眉毛にかかるくらいで、襟足も長めかな。お肌が白くてなめらかで」
「ちょっとちょっと、どんだけ観察してんの」
「うん。雑誌待ってる間、ずっと見てた。でも横からやったから。声かけて、こっち向いたときに、顔見てびっくりした」
「で、僕にそっくりなその人に、むちゃ言うてんな?」
「いやあ。なんていうか、見慣れた顔やし、なんか、頼んだら、許してくれそう?な気がしてさ……」
はあ。
僕はため息をつく。
僕は、想子さんを甘やかしすぎたのかも。
僕とそっくりだという、その人にまで、ご迷惑をかけてしまって。
僕は、決意する。
「なあ、想子さん。僕は、これから、ちょっときびしくするで。かんたんに言うこときいたりせんと、あかんときは、はっきりとノーを言うようにする」
「そうか。それもいいかもしれへんね。……ところでさ、ダイ。ちょっと髪伸ばせへん? 前髪、眉毛にかかるくらいにして。
で、あの、おしゃれなトレーナー、どこで売ってるのか。ちょっとさがしてみよう。絶対、ダイも似合うで。
あ~しまったなあ、そのトレーナーどこで買うたんですか、って、ついでにきいとけばよかった」
はあ。
僕は、もう一回ため息をつく。
頭の中には、不思議な空想が浮かぶ。
もしかしたら、想子さんが会ったその人は、タイムトラベルで未来から来た僕自身で。うっかり、想子さんに出くわしてしまったとか?
なんだか、ほんとにそんな気がしてきた。
ごめんね、未来の僕。
「それにしても、その人かなりカッコよくて、可愛いイケメンやったわ。もう一回会いたいわ~」
「花村 礼は、もうええの?」
「あ、そうやった! なあなあ、一緒に見よ、中身の記事、かなり面白そうやで」
「うん。……でも、その前に晩ご飯は? 京都で、なんか美味しいもん買うてくるって言うてたから、楽しみにしててんで」
お腹は、ペコペコだ。
「あ!……忘れてた。これ買えた~、やった~と思ったら、スカッと忘れてた」
ひとの気も知らないで、想子さんは、呑気に笑う。
僕は、ひとつため息をついて、言った。
「そんなこともあろうかと、野菜たっぷりの具だくさん焼きそば、作る用意してあるよ」
「さすが、ダイ。」
あかん。やっぱり、甘やかしすぎ?
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