第16話  一つだけ


「なあ、ダイ。もし、願いごとを、3つ叶えてあげるって言われたら、何を願う?」


 また、始まった想子さんのアンケート(?)だ。

「そやな。3つもいらんな」

「え?なんで?」

「僕の願いはなんでも叶えてください、って言う」

「あ、それは、なしやって。ちゃんと、3つ、って言うたら、3つ!」

「ええ~。でもこの答え方教えてくれたんは、想子さんやで」

「……まあね。ダイ、よく覚えてるね」


 まだ、幼かった僕が、『3つの願い』というお話を、想子さんに読んでもらったときのことだ。


 主人公のおじさんは、妖精か何かを助けたお礼に、3つの願いを叶えてあげる、と言われるのだが、彼はお腹がすいてたので、ついうっかり、『ソーセージが食べたい』と願ってしまって、貴重な3つのうちの願いを1こ使ってしまう。

 

 そしたら、そのおじさんの奥さんが、『そんなつまらないことに1こ願い事を使うなんて!』と激怒し、

『そんなソーセージなんか、あんたの鼻にくっついてしまえ!』と言い、たちまち、おじさんの鼻にはソーセージがくっつき、何をしても取れなくなり、とうとう、最後の願いを、鼻からソーセージを取ってもらうことに使う羽目になる、という、ラッキーなんだか、マヌケなんだかわからないお話だ。


 もしかしたら、自分にもそんなチャンスが、あるかもしれない。いざというとき、しくじらないように、日頃の備えは、大事だ。幼心にそう思った僕は、一生懸命考えた。

 でも、どうしても、3つに絞ることができない。何度、指折り数えても、5つより減らせない。


 そんな僕を見て、想子さんは言ったのだ。

「あら、そんなん、1つあれば十分やわ」

「え? なになに?」

 僕は、自分の欲ばりを恥じた。自分は、どうしたって、1つには絞られへん。

 想子さんは、すごいな。尊敬の念を込めて、見上げる僕に、彼女は言った。

「私の願いは、なんでも叶えて!って言うたらええねん」

 う~ん。

 そ、それは、ちょっとずるいような。

 でも、その答えは、当時の僕には、目からウロコ並みの斬新さで、記憶に刻まれた。

 おかげで、僕は、願いを叶えてやると言われたら、いつだって、スタンバイOKだ。


 想子さんは、忙しい両親にかわって、毎晩、僕にいろんなお話や絵本を読んでくれた。

 斧を落とした木こりと湖の女神の話を読んでくれたときも、ダイならどうする?と聞かれて、

「やっぱ、正直に言うわ。だって、自分の使ってるやつでないと、なんか落ち着かへんもん」と答えると、想子さんは、

「そら、私も、正直に言うで。でも、一応言うてみる。

『私の落としたんは、鉄のやけど、もし、もらえるんやったら、金の斧も銀の斧も、ほしいです。あきませんか?』って。」

「あつかましすぎるんちゃう?」

「そんなん、言うてみなわからへん。気前がいい女神さまかもしれんし」

「そ、そうやろか……」


 また、あるときは、

「桃太郎の、飛び出してきた後の桃は、どうなったんやろ?」

 想子さんが言った。

 桃太郎が出てきて、育てることにした、とは書いてあっても、外側の、桃の部分がどうなったのかは、書いていない。

 もしかしたら、僕らの読んだのとは、ちがうバージョンには、ちゃんと書いてあるのかな?

「タネのところに、桃太郎はおったんちゃうん? そしたら、外側に、多少は、桃の実の部分は、あったんちゃうん?」

「そやろな。書いてないけど、食べたんちゃう?」

「そやろか。桃太郎出てきて、びっくりしすぎて、食べんの忘れたか? それか、桃太郎、桃の中に、ぴちぴちで入ってたんかな?」

「う~ん」


 どんなお話を読んでも、ツッコミどころがありすぎて、それを話し合っていると、僕らは、なかなか眠れない。


 ぴったりくっつけて敷いた布団の上に寝転がった僕らは、パジャマのまま、いろんな物語の世界を旅した。

 敷き布団は、ときに、流れの激しい川を下る筏にもなったし、押し入れは、魔法の国のドラゴンが住む洞窟にもなった。

 枕は、冒険にもっていく、貴重な食料の入った箱にもなれば、海賊の秘密の宝箱にもなった。


 想子さんの頭からは、次から次へと、いろんな空想の世界が湧き上がってきた。

 そして、その世界では、僕は、お姫様の想子さんを守る、忠実な騎士だったり、姫のそばに仕える、ちょっとマヌケな小僧だったり、姫のお伴をする、ちょっとドジな妖精だったりした。

(ふふふっ。可愛かったな。想子さん)

 思い出すと笑ってしまう。


「あ、何ひとりで笑ってんの?」

「うん? ないしょ~」

 でも、あらためて、気がついた。

 想子さんのお姫様率の高さにくらべ、僕の素敵な騎士率の低さは何だ?


 想子さん。

 僕の空想の世界の中では、

 僕は、姫に尽くす、立派な騎士なんやで。

 わかってる?

 そして、今の僕の願いは、ほんとは、『なんでも叶えて』なんかじゃなく、ほんとに、1つだけ。

 誰にも言えないし、言わないけど、

 1つだけ。


 ひとの気も知らないで、想子さんは、

「で、結局、3つ叶えてもらうとしたら、何て言うん?」

 もう一度、きいてきた。

「言わへ~ん」

「けち」



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