第15話  線香花火


 線香花火の最後の火玉が落ちて、庭は静かに、闇に返る。見上げると、星がけっこう、きれいに見える。


 僕の肩にもたれたまま、想子さんは、空を見上げる。

「星が、結構、見えてるね」

「そやな。花火してる間は、気ぃつかへんかったけど、結構、きれいに見えてるなぁ」

「うん。何かに夢中になってる間は、他に、どんなに輝いてるものがあっても、気ぃつかへん、ていうか、気ぃついてても、

何とも思えへんのかもしれへんな」


「ほんまに、なんかあった?」

 僕は、きく。

「転勤するからついてきてくれへんって言われた。秒で断ったけど」

 想子さんは、そこまでを一息で言った。


 僕は、ショックで、全身の血が固まってしまった気がした。

 そして、やっとの思いで言った。

「そんなん言われるような人、おったんや」

 想子さん、つきあってたん?

「いや、ぜんぜん、普通に友だちやと思ってたから、言われて、びっくりした。優しいし、人柄もいいし、賢いし、結構イケメンやし、仕事もできるし。人類としては、めっちゃ好きやねんけど」


 どこかで聞いたような話だ。

「秒で、ごめん!って言うたら、その人、めっちゃ青ざめてた」

 それもどこかで見た光景だ。

 僕の血は、ようやく、全身を巡り始める。


 僕は、言う。自分の反省も込めながら。

「秒で言うからちゃうん? もっと、ゆっくり、ごめんって」

「ごめんっていうのに、ゆっくりも何も、ないやん。もちろん、冷たく突き放したような言い方はしてへんよ。言われてその場で、ごめんなさい、って言うただけ。相手の人は、ゆっくり考えてから、返事してくれていいよって、言うたけど。何日考えたって、答えが同じやったら、早く言うた方が、いいやん。私やったら、そんなんで待たされるのとか、めっちゃいややもん」

「うん。そやな。返事を待たされるのもつらいな」

 僕は答える。たしかに、そんなん、自分やったら耐えられへん。


 想子さんは言う。

「だから、断ったことは、後悔もなんもしてないねんけど。ただ、仲のいい友だちを、傷つけてしもたんかな、って思ったら、なんかめっちゃ、気分が落ち込んできて……」

「今は、相手の人も、ショックで落ち込んでるかもしれへんけど、いつかそのうち、そういうこともあったよなあ、って思い出に変わるよ。そしたら、きっと、笑って、また友達に戻れるよ」


 そうであってほしい。

僕自身の祈りを込めて、想子さんに言う。


「そうやね。きっとそうなるよね」

「そうそう。それにさ、そのひと、イケメンで、性格もよくて、仕事もできるんやろ? そんな人、周りがほっとけへんて、転勤先で、あっという間に彼女ができて、案外、今度のお正月には、結婚しました~って、年賀状、来るんちゃう?」

「そうかもしれん」


「じゃ、そろそろ花火大会は、お開きにしよう」

 そう言って、立ち上がろうとしたら、想子さんのシャツの裾に隠れていたのか、もう2本、細くて小さな線香花火が落ちているのに気がついた。

「ラスト1本ずつ、やろう」

「うん」


 あっという間に、華やかな火花は消え、小さなオレンジの火玉になる。

でも、意外とそこからが長い。

 小さな火花をゆらゆらと発しながら、がんばっている。

「この、けなげさがいいのかなあ」想子さんが言う。

「たまに、意外としぶといやつもあったりするしね」

「やっぱり、打ち上げ花火より、こっちの方が好きやな」


「なあ、人生は、『太く短く』がいいか、『細く長く』がいいか、ダイはどっち派?」

 すぐに僕にアンケートをとりたがる、いつもの想子さんモードだ。

「う~ん。どっちもどっちやな。太過ぎず細すぎず、長すぎず短すぎず、がいいな。」

「え~、ダイって、いつも、それやん。2択のときは、ちゃんと2択で、答えて」

「条件によるな」

「どんな?」

「一緒におりたい人と、一生一緒におれるんやったら、細くても、できるだけ長い方がええな」


「ふ~ん」

 想子さんは、ひとの気も知らないで、つまらなそうな顔をした。


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