第14話  なんかあった?


 想子さんの言う通り、やっぱり、昨日の僕と同じく、今日の僕も、同じ想いを抱えている。もちろん、明日の僕も同じことだ。

(けなげやろ? なあ、想子さん。)

 なんてことは、言えるわけもなく。


『さっさと告白しなはれ~』と想子さんは言ったけど、今日、僕は、逆に、告白されてしまった。

 もちろん、想子さんからではない。友人だと思っていた女の子に。

 僕は、もうすでに心に決めた人がいる、そう言って、断った。

 可愛い子だ。性格もいい。頭もいい。スタイルだっていい。スポーツも得意そうだし、何をやっても上手にこなす。ほんとにいい子だ。僕もきらいじゃない。

 それなのに、僕の中に、YESという答えは浮かんでこなかった。


 不思議だ。

 誰かを好きになるという気持ちは、どこから来るんだろう。

 頭で考えたら、彼女の告白に、秒でYESと言うのが普通だろう。でも、僕は、秒でごめん!と言ってしまった。

 人柄がいいから、好きになるわけじゃない。

 見た目が素敵だから、好きになるわけじゃない。

 きらいじゃないから、好きだというわけでもない。

 彼女のことは、人類としては、めっちゃ好きなんだけど。



 リビングで、お茶を飲みながら、ぼんやりテレビを見ていると、

「なあなあ、今夜、花火せえへん?」

 想子さんが、2階から降りてきて言った。

「うん?」

「まだ残ってるのが少しあるねん。来年の夏までおいとくのもなんやし。やろうよ」」

「そやな。打ち上げ系はもう残ってなかったよな」

「うん。基本、線香花火」

「想子さん、線香花火ばっかり買うてくるからなあ」

「だって、好きやねんもん」

「ふふ。まあ、僕も線香花火、好きやけどな」


 水を入れたバケツとお皿に立てたロウソクを用意して、2人で、縁側に座る。

 線香花火は、はじめ、少しオレンジがかった金色の火花を派手に散らしたかと思うと、すぐに、小さな丸い火玉だけになって、ほんのわずかに、かすかな火花を発しながら、やがて終わりを迎える。

 見ていると、めちゃくちゃさみしい気持ちになる。それなのに、気持ちが落ち着くのはなぜだろう。

 想子さんは、黙って火玉を落とさないように息を止めている。僕も、同じように、火玉を見守る。


「線香花火って、さみしいけど、落ち着くよね」

 想子さんが言う。

「そやな。でも、これ、ひとりでやってたら、泣きそうになるかも」

 僕は、正直な感想を言う。

「そう、じゃあ、ひとりでやる?」

「いじわる。……泣かす気か?」

「大丈夫。ダイが泣いたら、私が、ちゃんと慰めてあげるから」

「慰めていらんから、まず泣かさんとって~」

「ふふ。ところで、……ダイ、今日、なんかあった?」


 ぎくりとする。

 女の子から、告白された話は、もちろんしていない。するつもりもない。

「なんで?」

 平気な声で言う。

「う~ん。なんか、ちょっといつもと違う感じ?

 がっかりしてる、ていうのともちょっと違うかな。でも、なんか、ちょっと、元気ないな、て思った」

「そうかぁ。別に何もないけどな。そういう想子さんこそ、なんかあった?」

「なんで? 何もないよ」

「人に『なんかあった?』てきくのって、ほんまは、そうきいてる本人が、『なんかあった?』てきいてほしいと思ってるんやって。前に、誰かが言うてた」

「そうなん? でも、大丈夫。な~んも、ない」

 そう言うと、想子さんは、線香花火を2本まとめて持った。

「はい、次は、ちょっと景気よく、2本で行こ」

「景気よく、っていうほどではないけどな」

 僕がつっこむと、

「でも、2本なら、1本ほどさみしくないよ」

 想子さんは言った。

「そうかなあ」


「なあ、ダイ。……ずっと、2人で、仲良く暮らそな」

 2本分の火玉をみつめながら、想子さんが、ぽつりと言う。

「ええけど。優しくしてね~」

 僕は、冗談めかして、笑って返す。

「ふふふ。甘い!びしびし鍛えたげるわ」

「ええ~。こんなカワイイ子、イジメる気?」

「自分で言うな~」

 想子さんが、笑いながら、ちょっと乱暴に僕の頭を抱え込む。

「やめて~、想子さんがいじめる~。いたいってば~。おかあさんに、いうたるで~」

 僕は、めいっぱい、ふざけてみせる。

「はははは、いうてみな~イギリスは遠いぞ~」

 調子に乗った想子さんが、笑いながら、僕の髪をぐしゃぐしゃにかきまわす。


 想子さん、やっぱり、ちょっと、へんだ。僕は、少し不安になる。


 そして、ひとの気も知らないで、笑いのおさまった想子さんは、今度は、僕の肩にもたれて、ぼ~っと庭を眺めている。


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