第12話  今日の


 生配信イベントは、無事に終了した。

 そして、想子さんもイベントを無事見ることができた。

 不測の事態に備え、僕もスタンバイを要請され、リビングのソファに、並んで座った。

(いや、僕、課題あるねんてば)と言っても無駄なのでもう言わない。

 もし、途中で画面が固まったら?

 音声が聞こえなくなったら?

 各種、不安を抱えつつ、パソコンの前に座った彼女は、無事イベントを最後まで見終えて、幸せそうだ。

(途中、何度か、画面が止まることはあったけど)


 始まる1時間以上前に、せっかくお風呂にも入ったのに、メイクし直して、少し可愛いめの服を着ているので、

「なんで?」と僕はきいた。

「だって、あの子らが、ちゃんとステージ衣装で出てくるのに、見てる私が、よれよれのネマキ姿ですっぴんじゃ、申し訳ないもん」

「向こうからは見えへんよ」

「見えへんでもちゃんとするのが、心意気てもんや」

「なるほど」


 瞬きする間も惜しんで、画面を見つめる想子さん。

 よかったね。そんなに大好きなもの、というか人がいて。

『大好きだから、がんばれる』と彼女は言う。

 やりたくないことも、しんどいことも、彼らの歌を頭の中で、思い浮かべると、

あと一押しの力が湧いてくるのだと。


『好き』は、力だ。

『大』がつくと、さらにその力は大きく強くなる。


 僕の、力は大きくなりすぎて、時々、心の器からあふれそうになる。

きっと、まだまだ大きくなる。

 だから、僕は、日々、ひそかに心の修行を重ね、器の強化とサイズアップを目指している。


「ああ、よかった。今日は、夢であの子らに会えそう……」

 想子さんは、うっとりとして、部屋に戻っていく。

「おしあわせに~」

 やっと開放された僕は、自分の部屋に戻る。


 キラキラな幸せ感が、一緒に見ていた僕にまで残っている。


 よし。がんばろう。


 そうだ。

 ぐだぐだ考えずに、好きなもんは好き。

 とりあえずは、それでいい。


 この先の道に、何が在ろうと、

 今日の僕の、この想いは

 今日の僕だけのものだ。

 昨日の僕にも、

 明日の僕にも、

 さわることのできない、

 今日の僕だけのものだ。


 そう思うと、悩んだり迷ったり、ぐだぐだになったり、

へこんだり、そんなことすらも、なんだかとても愛おしいものに、思えてくる。


「ひらめいた!」

 この前から、ずっと、書けなくて悩んでいた課題が、ついに、なんとかなりそうだ。


『詩、もしくは、俳句、もしくは、短歌を作って提出。テーマは、なんでもいい。青春の想いをぶつけたきゅんきゅんくる作品を待っている』

 なんていう、めんどくさい課題に、僕は、このところ、頭を悩ませていた。

『テーマは何でもいい、と言いつつ、きゅんきゅん、なんて言うから、ハードルが上がるねん』と、僕らはクラスメートみんなでボヤいていた。


 月を見ながら、李白の漢詩を参考に何か作ってみようとしたものの、結局、想子さんとミルクで酒盛り? に転じてしまい、あの日も、とうとう出来上がらなかった。

 友人たちは、適当に書いて提出したと言うやつもいれば、天から降りてくるのをぎりぎりまで待つ!と言うやつもいたりで、様々だ。

 何にせよ、締切は明日。やれやれ。


 コンコン。ドアがノックされる。

「なに?」

 机の前に座ったまま、僕は答える。


 ドアを開けて入ってきた想子さんが、言う。

「なあなあ、なんかお腹すけへん?」

「え?今から食べるん?」

「だって、晩ご飯早かってんもん」


 確かにな。

 4時半は、早すぎや。


「やから言うたやん」

「うん」

「今から食べたら、やばいんちゃう?」

「うん。やから、ちょっとだけ」

「今、がまんしたら、明日の朝、体重計乗ったとき、嬉しい数字が出るんちゃう?」

「……」

 想子さんの表情が揺れる。

 でも、そのとき、ぐぐ~と可愛らしい音が、想子さんと僕の、2人のお腹から、聞こえてきた。


「もう。……僕も、ガマンしてたのに。刺激せんといてや~」


 しゃあないなあ。

 きゅんきゅん、の課題をひとまずおいて、僕は立ち上がり、2人で、キッチンに向かう。

「何にする?」

「ちっこいおにぎり、2個。いえ、3個くらい」

「それやったら、普通のおにぎり1個でええんちゃうん?」

「いや、具はいろいろほしい」

「ぜーたく」

「かつお。こんぶ。うめ」

 はいはい。

「おにぎり、3個、2人前オーダー入りました~」

 僕は、笑いながら、声をあげる。作るのは僕やけど。


 きゅんきゅんも、空腹には勝てない。

 ひとの気も知らないで、想子さんはいそいそと、あったかいお茶をいれている。そして、僕の手元を見て言う。

「あ、もうちょっとだけ、大きくてもええで」



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