第10話  たいがい


 こんがり焼いたトーストは美味い。

 バターをたっぷり塗って、ジュワッとしみこみかけたところを、そのまま食べてもいいし、納豆をのせて食べてもいい。


「まだかかりそう?」

 想子さんに声をかける。

「すぐ行く」

 言葉通り、身支度をすませた想子さんがテーブルにつく。

 そのタイミングで、パンを焼き始める。2分もあれば焼けるので、その間に、彼女のカップにコーヒーを注ぐ。今朝は、ブラックコーヒーだ。


 昨日、2人でカルシウムの補給に励んだ結果、今朝のメニューは少々変更になった。が、ただのトーストも悪くない。ただ、カフェオレは作れなかったけど。

 目玉焼き、ウインナー、焼いたプチトマトと、マッシュルーム。野菜ジュースも添える。


「納豆いる?」

「いる」

「じゃ、半分こ」

「ん」


 ずっと前に、テレビで、美味しいトーストの食べ方、と言って、納豆をのせているのを見て、僕らは疑った。

「納豆ってご飯にのせるモンちゃうん?」

「まあ、今度、試してみよ」

 そうして、試してみて、納得。確かに、美味しい。

 でも、納豆がそれほど好きではない、うちの両親は、

「ん~。まあまあかな」と言ったが。


「結局のところ、好きだったら、何にのせても美味しいんかもな」

 僕が言うと、

「そやな。結局のところ、好きやったら、たいがいのことは許せてしまうのと、同じかもね」

「へ~。たいがいのことは許せる相手、って?」

 僕はきく。

(できるだけなんでもない声を出せただろうか。)


「ダイ」

「え?」 胸がドクンとなる。

「ちょっとくらいケンカすることあっても、腹立つなって思うことあっても、たいがいすぐ忘れて、気が付いたら、めっちゃ普通にしゃべってるやん。そんなん出来る相手って、ダイだけやもん」

 なぜか自信たっぷりに、想子さんは言う。


「……うん」

 すこし、僕は納得いかない。

「ダイかて、そうちゃうん?」

 想子さんが僕の顔をのぞきこむ。

「……ていうか、僕、そんな、想子さんとケンカとか、腹立つことって、……したっけ?」


「赤ちゃんのときに、あたしの膝の上で、昼寝してヨダレたれて、お気に入りのスカートべちょべちょにしたりとか。私の絵日記の宿題に、ぐるぐるの丸書いたりとか。それから……」

 嬉しそうに、想子さんは、思い出の中の僕を語る。


「……もう、ええわ」


 ときめいた僕が、あほやった。

 ぷん。

 横を向いて、頬を膨らます。

 想子さんが、テーブルの向こうから手を伸ばして、人差し指で、僕の頬をつつく。


 ぷしゅ。空気がぬけて、思わず、僕らは吹き出す。


 想子さんが、笑いながら言った。

「ダイがおってくれて、よかった」


 ひとの気も知らないで。

 言いたい放題の想子さん。


 しゃあないなあ。

 僕は、想子さんにはかなわない。


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