第5話  行けへんよ


 想子さんが、庭のまんなかで、じっと何かを見ている。

 彼女の目の前にあるのは、レモンの木だ。


「何見てるん?」

「ん、この子ら」


 彼女が指さす先には、2枚のレモンの葉っぱの上に、それぞれ一匹ずつ、あおむしがのっている。


「この、左の葉っぱの子はね、ご飯食べるとき、移動せんと自分の乗っかってる葉っぱを、まず食べるねん」

「自分の乗ってる葉っぱ食べたら、おるところなくなるやん」

「そやねん。そやから、おるところなくなったら、微妙に近い別の葉っぱの上に移動して、また食べながら、そこにおるねん」

「へえ~」

「で、右の子は、わざわざ移動して別の葉っぱのところに行って食べてから、またこの葉っぱに帰ってくるねん」

「へえ~」

「同じあおむしでも、性格なのか何なのか?おもしろいよねえ」

「ほんまやなあ。それにしても、想子さん、いつから、あおむし、平気になったん?」

 僕は、ふしぎに思ってきく。いつも、見つけるたびに、ぎゃあ!といって飛びのいていたのに。


「え? 全然平気ちゃうで。毎朝、通路通るとき、レモンの木のそば通るから、うっかり、あたらんように、めっちゃ警戒してて、いつも目の端で、あおむしがおるかどうか、チェック入れててん。そしたら、ふと、気がついて、なんか、この子ら、面白いなあって」

「よかったね。苦手なもん、減ったね」

「ちゃうちゃう。今も、めっちゃ、こわ~と思いながら、観察してる」

「こわいんや」

「うん。こわい」

「そうかな。可愛いけどな」

「う~ん。……こわいい?かなあ?」

 まだまだ、可愛いとは、認めたくなさそうだ。


 夜、新聞を取り入れるのを忘れていた僕は、庭に出た。

 月が丸く大きい。

 明るい月の光を浴びながら、僕は、レモンの木を見る。昼間いた、2匹の姿は、どちらの葉っぱの上にもない。

 レモンの木のてっぺんをふと見ると、一匹のあおむしが、僕と同じように、月の光を浴びながら、頭をあげて、夜空を見上げているように見える。

 もうすぐ訪れる、空へ飛び立つ日を夢見ているのか。

 毅然として、頭をあげているその子は、なんだかかっこよくて、僕は、しばらく、並んで、月を見上げる。


「何してるん?」

 想子さんが、庭に出てきた。

「ほら、見て」

 僕は、レモンの木のてっぺんを指す。

 頭をあげて毅然とした、一匹の姿が、月明かりの中にはっきりと見える。

「なんか、かっこいいね」

「うん」

「もうすぐ、自分も飛び立つんやなあ、って思ってるのかな」

「そやな」

 僕が思ってたのと同じことを、想子さんもつぶやく。


 しばらく、並んで月を見上げていた想子さんが、ぽつりと言う。

「いつか、ダイも飛び立つんやろね。あのこみたいに」


「え~蝶々と一緒にせんとって~」

 僕は、茶化して笑いながら、答える。


 想子さんは、自分で言っておきながら、なんだか寂しそうにしている。


 僕は、心の中で、言う。


 そんなこと言うなよ。

 行けへんよ。

 どこにも。

 誰かさんを置いて、行くわけないやろ。


 ……ほんま、ひとの気も知らないで

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