第3話  よけいな妄想

「負けると思えば負ける。勝つと思えば勝―つ‼!」


 想子さんが、気合を入れて仁王立ちして言った。


 僕らは、庭に立っている。

 ここしばらく、放っておいたせいで、庭木は、みんなそれぞれ好き勝手な方向に、力いっぱい枝を伸ばし、葉っぱを茂らせまくっている。ついでに言うと、足元は、ボーボーに生えまくった雑草でいっぱいだ。

 毎日、見て見ぬふりを続けてきた僕らだったが、いくらなんでも、もう限界だった。昨夜、相談をした結果、僕らは、ついに出陣を決意した。


 いざ!

 本日、早朝より、庭へと進軍を開始したのだ。


 でも、庭に立った瞬間に、想子さんは、

「……なあ、今日やるの、やめとかへん?」

 早々に、逃げ腰になった。

「あかん。これ、先に延ばしたら延ばしただけ、苦しなるで。ぼちぼちでいいからやろ」

 と言いつつ、僕も、まったくテンションは上がらない。


 すると、じっと庭木と雑草を黙って見つめていた、想子さんが、仁王立ちして、言ったのだ。


「負けると思えば負ける。勝つと思えば勝―つ‼!」


「どないしたん?なんでそんなに気合入ってるん?」

「え~、だって、この生えまくってるの見てたら、負けそうやねんもん。この子ら伸びすぎ~。やから、この間、見てたドラマのセリフで」

「気合入れようと思ったんやな」

「うん」

「たしかに、あのセリフは、かっこよかったよな」

「そうやねん。ほんま、かっこよくて、泣けたよ」

「うんうん。そやな、ほら」

 僕は、想子さんに、軍手を手渡す。受け取った想子さんは、しっかりはめると、地面にしゃがむ。


 ひとしきり、ドラマの感想を語りまくる想子さんと共に、僕は草を抜く。


 急に、話が途切れたと思ったら、

「なあ」想子さんが言う。

「ん?」

「なんかさ、みんな一生懸命生えてるよね」

「そやな」

「なんかさ、抜くのかわいそうになるよな。この子らはこの子らで、一生懸命生えてるのに、こうして抜くのって、私らの勝手やん?」

「そやな。自分の気に入ってるものだけ残して、あとは抜いてしまうって、なんか、究極のエコヒイキやよな」

「なんか、ごめんな、ってかんじ」

「そやな」


 ふたりで、少ししんみりしてしまう。とはいえ、庭を雑草だらけにするわけにもいかないので、僕らは、黙々と草を抜く。


「なあ、いいこと考えた」

 想子さんが目を輝かせる。

「私ら、今、バイトで雇われてることにしよう。時給、2千円。せやからがんばってやりおおせたら、バイト代もらおう」

「誰から?」

「もちろん、私らから」

「なるほど、自分らで自分らを雇うってことか」

「そう。その働いた時給分は、好きにお金使っていいことにしよう」

「賛成!」

 僕らは、日頃、なるべく出費は抑えめにしている。これくらいの出費は許されてもいいだろう。


「よ~し。なんかやる気出てきた」


 ゲンキンな想子さんは、さっきまで、かわいそうとかなんとか言ってたのは、どこへやら。

「バイト代で、何か美味しいもん食べに行く?」

「それとも、本屋さんで豪遊しようか」

 バイト代の使い道を、考えている。


 午前中いっぱいかかって、僕らは、かなりのバイト代を稼いだ。

 汗だくになってシャワーを浴びたら、もうどこへも行きたくないくらい、ぐったりしていた。


「食べに行くのは、また今度にしよ?そうめんでいい?」

 想子さんが、鍋を片手に言う。

「ええよ。薬味は、青じそ、きゅうり、すりごま、くらいでいい?」

 僕は、野菜室を覗きながら言う。

「生姜と茗荷も、よろしく」

「へいへい」

まな板と包丁をだして材料を刻んだり、すりおろしたりして、薬味を用意する。


「ダイは、いちいち言わんでも、めっちゃスムーズに家事分担してやってくれるから、いいよね。将来、ダイのお嫁さんになる人はラッキーやね」

一瞬、頭の中に浮かんだ、『お嫁さん』の姿を、急いで振り払い、僕は言った。

「何言うてんねん」

 言いながら、頬が熱くなる。


 よけいな妄想させるなよ。

(ほんまに、ひとの気も知らないで)



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