第2話 可愛かったなあ
「テーマ曲、何にする?」
「う~ん。そやな~」
今日は、ふたりで決めた大掃除の日だ。
年に何度か、気が向いたときに、僕らは大掃除の日を制定?する。
毎回、大掃除のときは、テーマ曲をきめて、掃除の間中その曲を流す。僕の希望が通るときもあれば、想子さんリクエストの曲をかけるときもある。(圧倒的にそっちの方が多い)
数年前の大掃除のときは、Kiroroの『未来へ』が、テーマ曲になった。
「なんか、掃除ってイメージより、穏やかな気持ちになりそう」
僕が言うと、
「それよ、それが狙い。今回は、結構汚れのハードな換気扇とか、やるつもりやから、き~ってならんように、優しい気持ちになれる曲を選曲した」
想子さんは、自分の選曲眼に自信たっぷりだ。
そして、たしかに、そのテーマ曲は、僕らにぴったりだった。何度もくじけそうになって、手を抜きたくなるたびに、歌声に優しく励まされ、なんとか、僕らはやりおおせた。
以来、大掃除のテーマ曲選びは、お掃除グッズ選び以上に、僕らにとっては、重要ポイントになっている。
「僕は、なんでもいいよ。想子さんは、なんか、かけたい曲あるん?」
「ある!」
「何?」
「なにわ男子のファーストアルバムから」
「どれ?」
「ん~迷ってる。『ダイヤモンドスマイル』か、『ちゅきちゅきハリケーン』か」
「確かに、『ダイヤモンドスマイル』なら、サビのところの歌詞が、掃除のモチベーションめっちゃアップしてくれそうやしね。あきらめんと、ちゃんとがんばって磨こうって気になりそう」
「でしょう?」
「でも、お気楽に、『ちゅきちゅきハリケーン』っていうのも楽しいかも」
「でしょう?」
「つまり、決められない、と」
「うん」
「じゃあ、こうしよう。午前中は、『ダイヤモンドスマイル』、ちょっとくたびれてくる、午後の部からは、『ちゅきちゅきハリケーン』で。楽しく元気に」
「いいね。そうしよう」
「じゃあ、始めようか?」
「おっしゃ」
掃除場所と分担は、昨夜のうちに、調整済みだ。ふたりの中間地点に、CDラジカセをおいた。スタートボタンとリピートボタンを押す。
曲とともに、午前の部、スタートだ。
順調に、リビングの棚の整理を終え、キッチンの棚の整理も終えて、僕は、ふと気づいた。
静かだ。
ものすごく、静かだ。(音楽以外)
僕以外の誰かが、掃除している気配がしないのは、なぜ?
想子さんは、1階の和室の押し入れ担当だ。僕は、少しいやな予感がする。
和室をそっとのぞく。押し入れの前で、じっと座り込んだ想子さんがじっと見ているのは、アルバムだった。
うっかりしていたけど、押し入れは、危険地帯だ。懐かしい思い出グッズ満載のそこは、想子さんにとっては、誘惑だらけの場所だ。
「こら、何見てるん?掃除は?」
僕は、夢中でアルバムを見ている彼女の頭を、ノックするように軽く一回、こつん、とした。
「あ、ごめんごめん」
「サボって、何見てたん?」
「ダイ」
「僕?」
「見てよ。めっちゃ可愛かったなあ、と思って。ほらほら」
「今も、可愛いけどな」
僕は、そう言って、想子さんの開いたページをのぞきこむ。
おむつに裸ん坊のぼくが、なぜか、『金』と書かれた腹がけをつけて、想子さんにつかまって、踏ん張るようにして、立っている写真だ。
「金の腹掛けって……まんが日本昔話の金太郎やん」
「ほっぺた、ぷりぷり。可愛い」
「へいへい。思い出に浸ってる場合じゃございません」
僕は、想子さんを急き立てる。
「あ、ちょ、ちょっと待って。もう1ページだけ」
想子さんが開いた次のページにあったのは、にっこり笑う想子さんの首にぎゅうっと腕を回して、ほっぺにちゅうっとしている僕の姿だった。想子さんは両手で、小さな僕を抱きかかえて。2人とも満面の笑みで。
(もう……あかんって。僕には、ちょっと目の毒やって)
僕の心の声には気づかず、
「可愛いかったよねえ、ふたりとも」
想子さんが、懐かしそうにつぶやく。
(ほんとにもう、ひとの気も知らないで)
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