強者の義務

「は?」


 シリカの発言は、苛立ちの不意を突くような言葉であった。

 あれほど弱者に興味を示さず、振り回し、失礼な発言ばかり取っていたのに、急に飛び出してきたのは弱者を慮る言葉。

 アルヴィンが呆けてしまうのも無理はない。


「何故そこまで驚く? 特段おかしな発言はしていないだろ」

「いや、いやいやいや……今までの態度を見たら、そりゃ驚きますって」

「ふむ……」


 少し頭を悩ませるシリカ。

 しかし、アルヴィンの戸惑いが結局思いつかなかったのか、横にいるレイラへ尋ねた。


「おかしいか?」

「うーん……おかしいと言えばおかしいかな?」

「そうか、やはりよく分からんな」


 まぁいい、と。シリカは言葉を続ける。


「義弟よ、そもそも力とはなんのために持つものだと思う?」

「……綺麗事でいいなら、誰かを守るためじゃないの?」

「そうだ、やはりよく分かっているではないか」


 己がセシルを守るために使っているためにそうなのではと答えたが、シリカの問いに対しては正しかったようだ。

 しかし、ここからだ。

 強者優遇の考えに、どうして弱者を守るという発言が飛び出してくるのか? これがアルヴィンの中での疑問───


「強者に守られる義務はない。強者であれば己で身を守る術を持っているから。では、逆に弱者はどうだ? 己の身を守る術は持っているか? 笑えてくるが、ほぼ持ち合わせてはいないだろう……だからこそ、この世の大半の不幸は弱者の中から生まれてくる」


 力がないものは不幸に抗う術を持ち合わせていない。

 盗賊に襲われる不幸、戦争に巻き込まれた不幸、身内を助けられなかった不幸。

 強者には不幸を跳ね返せるだけの力を持っているが、大半の弱者は不幸を不幸として受け入れるしかない。

 故に、この世で助けを求める被害者の多くは弱者で構成されてしまっている。


「我々強者は、力を持つが故に弱者を守る義務がある。他人事ではない、力を持つ者は平等に差別なく還元の責務を与えられるのだ。これ以上の不幸を呼ばないためにも、不幸の原因を取り除いて弱者が生きていく世界を作る必要がある」


 力強く、それでいて嘘偽りなく。

 シリカが口にしている現在の表情は、まるで説いているようなものであった。


「その責務や義務があるからこそ、強者は強者であり続けないといけない。自分が弱者に成り下がってしまえば、守るべき弱者を守れず、強者の足枷となる。この世には私達の思っている以上の弱者が転がっているんだ……己が足枷になれば、他の弱者を救えなくなってしまう」


 さぁ、考えろと。シリカはアルヴィンの頭に指をさす。


「より多くの弱者を守らなければいけない強者に弱者を慮る時間などあると思うか? 今まで以上に強くなり、今まで以上に弱者を守らなければならないのであれば、有限な時間を弱者に使うなど言語道断であり本末転倒だろう? そんな時間があれば、強者であり続けられる手段を模索するのが当たり前の思考だと思うがね」

「…………」


 あぁ、ようやく理解した。

 シリカ・カーマイン———この少女は、よくも悪くも真っ直ぐなのだ。

 己の目的や信念をしっかりと理解しているからこそ、余計なことは己の感情に入れない。

 寄り道を嫌い、自分の立場と責務を弁えている。

 確かに、もしもただの戦闘狂バトルジャンキーであれば傭兵にでも冒険者にでも……それこそ、誰彼構わず戦闘を挑む悪党にでもなった方が欲を満たせただろう。

 魔法士団という誰かを守るための職に就いたのは、己の目的と合致できる場所だから。

 言わば、シリカという少女は特定の誰かにも区別をつけない正義感の塊のような人間だということだ。


(それが分かってるから、私もリゼちゃんも嫌いになれないんだよなぁ)


 キッパリと言い放つシリカを見て、セシルは苦笑いを浮かべる。

 とはいえ、その態度を変えた方がいいとは思ってしまうが。


「気をつけなさい、アルヴィン」


 ふとその時、後ろから剣を腰に携えたレイラが現れる。


「こんなこと言ってるけど、戦闘好きっていうのは本当だからね」

「ほんのちょっとの僕の関心を返せ戦闘狂バトルジャンキー

「ははっ! 楽しいのだから仕方あるまい! あの高揚感は他では味わえないからな!」


 やっぱり戦闘狂バトルジャンキーなのは変わりがないのか。

 アルヴィンはいい雰囲気から一変して落胆したような表情を見せた。


「姉さんも、いい加減その態度を変えないといつか痛い目見るわよ?」

「ふむ……痛い目を見るというのであれば、所詮私はその程度だったというのだろう。逆に私を負かす強者が生まれていいではないか」

「ほんと、やだわ……このポジティブ思考」


 レイラは大きく溜め息を吐く。

 どうして姉を持つ人間はこんなに苦労をしてしまうのだろうか? アルヴィンはここ最近常々思うようになってしまった。

 そんな最中、妹の反応を無視してシリカが何かを思い出した。


「むっ、そういえばセシルよ」

「ん~?」

「我々の勝負は一勝一敗だったな」


 いつぞやあった姉力勝負。

 一度目は『膝枕』でセシルが勝ったものの、次の『決闘』ではシリカが勝利を収めていた。

 つまり、二人の姉力勝負は引き分け。まだ決着がついていない。

 だからからか―――


「最後の勝負はで決着をつけようじゃないか。ちょうどいい舞台もこれから用意されるみたいだからな」

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