ふくよかなスキンシップ

「アルくんと遠出デートができるー!」


 そんなことを言い始めたのは生徒達が帰宅している時間、訓練に勤しもうと準備しているセシルであった。

 美しくもあどけなさが残る少女は訓練場の入り口で、両手を挙げながら清々しい表情を浮かべている。

 騎士団の面々は家族に対して口にしてはいけなさそうな発言を聞いて「いつも通りか」と、アルヴィンは───


「誰かー、この愚姉をゴミ箱に捨ててきてー!」


 ───煩わしい存在を消そうとお願いしていた。しかもセシルの傍で。


「なんでそんなこと言うの!? 全国の男の子って女の子とのデートって嬉しいはずじゃないの!?」

「相手が身内じゃなかったらね!?」

「おっかしーなぁ……『可愛い弟はこれで一発♡ 的確に堕とせる100のテクニック』にはちゃんと記載されてたのに……」

「なんて需要が限定的で誰の役にも立たなさそうな本なんだ……ッ!」


 ソフィアだったりレイラだったりリーゼロッテ様だったり。

 そんな面子ではなく完全身内の姉なので、アルヴィンは断固拒否だと手元でバッテンを見せた。

 しかし、セシルはそんなアルヴィンに「分かってないんだよ」と肩を竦めた。


「な、なんだよその顔は……」

「アルくん、地方の料理は中々我が家ではお出しができないの」

「うん、まぁ食材とかが変わってくるからね」

「でも、お姉ちゃんとデートすれば……そんな物珍しい料理を食べることができるんだよ!」

「……………………………………ハッ!」


 確かに、地方の料理は中々王都や公爵領で出回ることはない。

 たとえば地方でしか捕れない魚を扱った料理だと、運送のコストやら新鮮さを鑑みると提供するにはハードルが高すぎる。

 そういったこともあり、公爵領や王都で食べられるのはどこでも食べられるものか公爵領の名物といったもの。

 それ故に、お金を持っていたとしても食べられる機会というのはそう多くないのだ。


(滅多に食べられない美味しいものを食べながらゆっくり寛いで遊ぶ……な、なんて魅力的なんだッ!)


 だからこそ、アルヴィンはセシルの話に思わず気持ちが揺らいでしまう。


「更に、お姉ちゃんとキスして一緒にお風呂に入って宿屋で一泊すればもっと美味しいものが―――」

「やっぱり任務中に観光はよくないと思うんだ」


 その揺らぎも、ものの数秒で終わった。


「よぅ、我が義弟よ!」


 そんな時、唐突に後ろからアルヴィンの肩に手を回される。

 何事かと振り向いてみれば、そこにはレイラによく似た美人の顔があった。


「げっ」

「げっ、とは失礼だな、面汚し。せっかく私が声をかけてやったというのに」


 相変わらず不遜な態度を見せ、笑いかけるシリカ。

 最近よく理解できてしまった面倒な戦闘狂バトルジャンキーが来たことに、スキンシップよりも辟易が勝ってしまう。


「っていうか、なんでここにシリカさんがいるんですか……」

「ん? 私だけではないぞ?」


 シリカが視線を向けた先。

 そこには、学生服の上からローブを羽織った生徒が続々とやって来る姿があった。

 その中にユーリの姿もあり、集まってきている面子がアカデミーが所有する魔法士団の人間なのだとアルヴィンは理解する。


「今回の任務はお前らとの合同だからな。今日はその打ち合わせだ」

「あー……なんか言ってましたね胸当たってますね」

「こういうスキンシップを弟は喜ぶと聞いてな、試しに実験しているところだ。どうだ? 私の胸も存外悪くないだろ?」

「ふむ、九十一点」

「むっ、あと九点足りんか」


 真面目な顔で胸に点数をつけるアルヴィン。中々の強者つわものである。


「離れろごらー! アルくんの鼻の下はお姉ちゃんの特権なんだぞうがー!」


 アルヴィンの顔にまたしても新たなふくよかな感覚が襲い掛かる。

 今はまだ甲冑を着ていないので、素材の味をふんだんに生かす格好せいふくだ。アルヴィンの鼻の下が更に伸びた。


「であれば、私の役割のようだな。退け、セシル」

「私の役割なんだけど!? この熱い抱擁とさり気なくアルくんほっぺに胸を当てる技術は私がワンランク上なんですけど!?」

「なら、私は服を脱いで直に当ててやろう。その方がきっとこいつも喜ぶさ」

「そのセクハラ手前のスキンシップも私の役目なんですけどッッッ!!!」

「わー、ふたりともおちついてー」


 やんややんや。アルヴィンを挟むようにして揉め始める二人。

 アルヴィンは止めようと二人に声をかけはしたが、何故か止まる気配はなかった。不思議だ、こんなにも嫌だと主張しているのに。


「ねぇ、セシル。そこで絡んでないで早くリーゼロッテと合流しようよ」


 そんな最中、役に立たないアルヴィンの代わりにユーリが間に入ってくる。

 しかし―――


「ん? お前が合流してくればいいだろ? 私はただユーリに「来い」と言われたから来ただけだからな、勝手に進めてくれ。私は私なりで任務を遂行する」

「ッ!? あー、そうですか! 分かったよ、私が行ってくるよ! こういうのは弱者の役割ですもんね!」


 チッ、と。苛立ちを隠さない様子で、ユーリはすぐに離れていってしまう。

 その後ろ姿にシリカは「よく分からんな」と首を傾げたが、そこまで関心はなかったのかすぐにアルヴィンへと視線を戻した。

 流石に可哀想だと思ったのか、抱き着かれながらアルヴィンはシリカへ問いかけた。


「あー……あんまり差し出がましいかもしれないですけど、少しは優しくしてあげたらどうです?」


 流石にあんな対応を取られればユーリでなくても誰でも怒るだろう。

 だが、シリカはさも興味がなさそうに返答をする。


「何故だ? 弱者に気を遣う時間などもったいないだろう? それなら強者アルヴィンに時間を割いた方が有益だ」


 本心であるのは、この淡々とした声でよく分かる。

 あまりにも強者優遇な考え。人は人の全てを理解することはできないとよく聞くが、今の発言に関してはまったくをもってアルヴィンは理解ができなかった。

 理解ができないからこそ、少し苛立った声音が口から飛び出してしまう。

 それは、アルヴィンの性根が優しい人間だからだろう。


「……じゃあ、なんでそんなに強者にこだわるんです? 強者と戦ったら自分が強くなるからですか?」

「あぁ、そうだな」

「……どうしてそこまで強さに固執するんですか?」


 アルヴィンには戦闘狂バトルジャンキーの思考が分からなかった。

 優しく、姉を守れればそれでよく、多くの人が幸せであれば構わないと思っている人間が故に、強さだけに異常な固執を見せるシリカはアルヴィンにとって理解外の生物に見えた。


「ふむ……随分とつまらん質問をするな、面汚し」


 だからこそ―――



「そんなの、に決まっているだろう?」



 ―――理解外の生物の発した理解できる発言に、思わず驚いてしまった。


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