復学してきたアカデミー最強

「どこに行くの、アルくん?」

「けぷっ」


 駆け出したはいいものの、すぐさまセシルに捕まってしまうアルヴィン。

 鶏のような鳴き声が聞こえたのは、恐らくセシルが掴んだ場所が襟首だったからだろう。綺麗に首が絞まっている。


「もぉー、まだ訓練残ってるよ? アルくんのサボり癖はお姉ちゃん知ってますけど、許した覚えはありませんっ!」

「わ、分かった……分かったからとりあえず手を離そうか。このままじゃ羽の生えた可愛い女の子と雲の上でご対面しちゃう……ッ!」

「誰よその女!」

「えぇ、きっと天使でしょうね死後に出会う!」


 どうやらお空の上で出会う女の子まで浮気範囲らしい。

 将来は地獄しか許されないのかなと、離してもらったアルヴィンは逃げられない現状と合わせて涙目を浮かべた。


「お久しぶりですね、シリカ様。三ヶ月ぶりでしょうか?」

「最近は任務が立て込んでいたからな、恐らくそれぐらいだろう」

「相変わらずお忙しいお方で」

「仕方あるまい、強者の責務だ」


 自慢しているのかしていないのか。

 どこか誇らしげに口にするシリカを見て、リーゼロッテは微笑ましい上品な笑顔を浮かべる。

 その時、ふと別の方向から一人の女の子が勢いよく駆け寄ってきた。


「シリカさんっ!」

「おぉ、ソフィア! お前、騎士団に入っていたのか!」


 そのまま駆け寄ったソフィアはシリカの胸へ飛び込んでいく。


「お久しぶりですっ!」

「入学おめでとう。しかし、私は少し悲しいぞ? ソフィアの実力であれば魔法士団に入ってくれると思っていたんだが」

「あぅ……こちらの方がお給金が高いので」

「貸した金は返さなくてもいいとレイラは言っていなかったか?」

「言ったわよ、ちゃんと」


 レイラがようやく口を開く。

 昨日出会ったからか、ソフィアやリーゼロッテのような再会を喜ぶ空気は見せなかった。


「ふむ、レイラも真面目に訓練しているみたいだな。その向上心は褒めてやろう」

「上からな発言をどうも」

「ソフィアはちゃんと走れるようになったか? 体力は魔法士でも重要だぞ?」

「はいっ! 二周ぐらいは息切れせずに走れるようになりましたっ!」


 二周なんだ、と。胸を張るソフィアを見てアルヴィンはどこか微笑ましく思った。


「シリカちゃん、お久~!」


 その時、先程までアルヴィンの首根っこを掴んでいたセシルがシリカに向かって手を振った。

 同じ三学年だからだろう。リーゼロッテと同じく、仲のいい相手みたいだ。


「久しぶりだな、セシル。相変わらず能天気な可愛い顔をしよって」

「え、それって褒めてる?」

「それと―――」


 そしてようやく、シリカの視線がアルヴィンへと向いた。


「そいつは? 見かけない顔だが……」


 ビクッ、と。アルヴィンは視線が向けられたことによりセシルの後ろへと隠れた。

 反射的に「あ、甘えん坊さんターンなの!? お姉ちゃんとのスキンシップご所望なの!?」と喜んでいるセシルの後ろに隠れたのは、先日顔を合わせてしまったからだろう。

 いくら仮面をつけていたとはいえ、面影ぐらいはある。気づかれないかもしれないが、そんな懸念により反射的に身を隠してしまった。

 しかし、そんなアルヴィンの心など知らず、セシルは胸を張って誇らしげに口にした。


「ふふんっ! この子はアルくん……私の弟だよ!」

「ほほぅ……ということが、こいつが噂に聞くか」


 シリカはあまり社交界に顔を出していない。

 貴族の集まりより己の実力を磨く方が好んでいるというのもあるだろう。

 一方で、自堕落ご所望なアルヴィンも今まで社交界にはあまり顔を出してこなかった。

 おかげで一度も顔を合わせることなく、噂だけ頭に入ってくるという状況が完成してしまう。

 とはいえ―――


「あ゛? 今、こいつなんて言った?」

「どうどう。僕は懐かしいフレーズを久しぶりに聞いて嬉しいぐらいなんだ。だからその抜刀しかけている手を離すんだ」


 弟を馬鹿にされたセシルをアルヴィンが食い止めるような形になってしまった。


「まぁ、弱者に興味はない。これ以上君を怒らせるような発言はしないさ」


 煽っているのか煽っていないのか。

 さも興味がなさそうにアルヴィンから視線を逸らしたシリカ。

 流石は強者にしか興味のない戦闘狂バトルジャンキー。その対応が余計にもセシルの堪忍袋の緒を刺激するのだが、アルヴィンは内心少し安心していた。


(よかった……あの反応だと、僕に興味は持たれなさそうだ)


 このまま接点が減ってくれれば、実力がバレることもないだろう。

 アルヴィンはセシルを押さえながら胸を撫で下ろす。


「えーっと……アルヴィン様が弱者、ですか?」

「ソフィア、今はその疑問だけはやめなさい」


 とはいえ、気を抜けばすぐに露呈してしまいそうだが。


「それで、どうしてシリカ様は騎士団へ? 魔法士団の方へ顔を出されるのかと思っていたのですが」

「いやなに、久しぶりにリーゼロッテと手合わせがしたかったのだ。アカデミーでのは貴様だからな」


 なるほど、と。

 リーゼロッテは頷いて、何故かアルヴィンの方へと視線を向けた。

 それどころか、ソフィアや傍で見守っていた騎士団の面々までもアルヴィンへと不思議な視線を向ける。


「や、やだなー! そんな熱い視線を向けられても下半身にしか元気が集まりませんよー!」


 あーっはっはっはー、と。誤魔化そうと笑うアルヴィン。

 何やら漂い始めた嫌な予感を自堕落センサーが感じ取ったのだろう。

 しかし、何かを感じ取ったのは決してアルヴィンだけではなかった。


「こ、これはっ!」


 高笑いをするアルヴィンを他所に、セシルの目がキラリと輝く。

 そして———


「何言ってるの、シリカちゃん……」


 マズい、これはマズい。

 嫌な予感が更に威力を増して自堕落センサーに引っ掛かったアルヴィンは反射的にセシルの口を塞ごうと手を伸ばした。

 だが、時すでに遅し。



「今のアカデミー最強はね、うちのアルくんなんだよっ!」



 弟自慢センサーがビンビンに反応してしまったセシルの発言は、止めることができなかった。

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