一件のその後

 無事に奴隷として攫っていた悪徳商人は捕まった。

 結果的に王国魔法士団の手柄となったのを見るに、レイラが姉であるシリカに手柄を譲ったのだろうと推測される。

 アルヴィンとしては自堕落ライフのためにも手柄など足枷にしかならないため、ぶっちゃけそこら辺はどうでもよかった。

 問題は、レイラの姉であるシリカと出会ってしまったこと。

 仮面越しとはいえ、接した感じやはり戦闘狂バトルジャンキーな姉に実力を見せてしまったこと。

 以上が問題であり、目下更に大問題となっているのが、シリカがアカデミーに復学するということである。

 アカデミーに戻ってくれば、シリカとアルヴィンが出会ってしまう可能性がある。

 仮面を被っていたとはいえ、少しでも力の片鱗を見せれば気づかれてしまうだろう。

 レイラから「ごめん、あとフォロー無理だったみたい」と言われてしまったアルヴィンは、色々対策を練ることにした───


「姉さん……僕、姉さんのことが好きだよ」


 あの一件から翌日。

 早朝の訓練の間にある小休憩中、アルヴィンは珍しくそんなことを言い始めた。


「ア、アルくんっ!」


 もちろん、対面にはセシルの姿。

 弟から念願の「好き」発言をいただいたからか、感極まった表情で涙を浮かべていた。

 そして、すぐさま近くにいたリーゼロッテに駆け寄り、この表現し難い感情を共有せんと腕を掴む。


「リ、リゼちゃん……アルくんが、アルくんがぁ!」

「はいはい、分かりましたから。そんな可愛らしい顔を崩してまで泣かないでください」


 まるでお姉さんのような対応をするリーゼロッテ。

 セシルの念願が叶ったというのに、随分ぞんざいな扱いだ。

 本来だったらもっと友人のために喜んでいいと思うのだが、そうではないらしい。

 そこも含めて気になったレイラは、アルヴィンに近寄ってこっそり耳打ちをした。


「ねぇ、アルヴィン……珍しく素直だけど、どうかしたの?」

「別にまったくこれっぽっちも微塵も全然素直じゃないけど、姉さんを乗せて今日は早退させてもらおうと思ってる」

「あぁ……」


 リーゼロッテ様はそれが分かっているのか、と。

 ようやく辻褄が合ったレイラであった。


「アカデミーは広いとはいえ、鉢合わせしちゃう可能性あるし。今日からレイラのお姉さんって復学するんでしょ?」

「そうね、もう登校してるんじゃないかしら? 今住んでる家が違うから分からないけど」

「当座凌ぎにしかならないと分かっていても、今日は早退したい。なんならもう卒業したい」


 アルヴィンの言う通り、今日早退しても復学したシリカはアカデミーに通い続けている。

 任務でまた休学になることはあるだろうが、それもいつになるか分からない。

 あくまで当座凌ぎ。それと、単に面倒くさいので家に帰ってゴロゴロしたい。

 そのためには、親代わりでアルヴィンの面倒を見ているセシルを説得させるしかない。

 とはいえ、セシルが弟自慢の機会を失うような真似をさせるとは思えないので、とりあえずおだてる作戦へと移行。

 だからこそ、いつもなら絶対にしないこんな姉弟関係が崩れるような発言をしているのだ。


「でも、そんなので大丈夫かしら?」

「大丈夫、姉さんにはとにかく「好きだ」って言っておけばチョロさ全開対応してくれるからさ!」

「いえ、両親に「両想いになった」って報告をして婚約とか進めそうなのだけれど」

「…………」


 盲点であったと、納得させられたアルヴィンであった。


「リ、リゼちゃん……私、今から早退するね! ハネムーンは海の見える観光地ってお母さん達に報告してこなきゃいけないから!」

「待つんだ姉さん! 新婚旅行までの過程があたかも決まったような報告を僕は許した覚えはないっ!」


 立ち去ろうとするセシルの腕を全力で引き留めるアルヴィン。

 早退したいはずの人間が別の人間の早退を止める構図と言うのも珍しい。


「だって、アルくんとようやく両想いになったんだよ!? 私のウェディングドレスをようやくクローゼットの手前から引き出せる時がきたんだよ!?」

「引っ張り出すタイミングと相手が違うってことに気づくんだ姉さん!」

「たとえ早退したいからって意味の言葉でも好きだって言ってくれたんだよ!?」

「そこには気づいてほしくなったよ姉さん!」


 姉は弟のことがよく分かっているらしい。

 それを踏まえても強硬手段に移ろうとするのもセシルらしい。


「落ち着いてください、セシル。今日は生徒集会の打ち合わせがあると言っていたではありませんか」

「うぅ……私は今すぐにでもお父さん達に報告しに行きたいのに」

「あと、アルヴィン様も早退は認めませんからね」

「うぅ……僕にも僕なりの理由があるのに」

「……姉弟揃って同じような反応をしないでください」


 しょんぼりと肩を落とす二人を見て、リーゼロッテはため息を吐く。

 リーゼロッテに言われてしまえば、セシルをどうこう説得しても意味がない。

 相手は王女であり自分の上司。いくら権力よりも自堕落優先なアルヴィンでも、この人の説教だけは嫌だと、過去一度怒られたことにより大人しくなった。


「まぁ、学年も所属している場所も違うし、会うことはないでしょ」

「えーっと、どなたのお話でしょう? それに、早退したがっていたのは知っていますが、どうしてまた急に?」

「え、えーっと……ひ・み・ちゅ♪」

「……アルヴィン様」

「やだ、美少女からの冷たいジト目って照れるー」


 なんでもないんです、と。アルヴィンはリーゼロッテのジト目に対して深い意味はないんだと首を横に振った。


(まぁ、悪人捕まえている時に姉さんと出会したんです……なんて言ったら面倒だものね)


 どうして危ないことをするのか、知られれば話が広がるかもなどと。

 アルヴィンが黙秘に走った理由を察するレイラ。

 その時———


「リーゼロッテはいるか? それと、我が妹にも会いに来たぞ!」


 そんな声が訓練場に響き渡った。

 誰だろう? 反射的に気になって皆が視線を入り口の方へと向ける。

 そこには学生服の上からローブを羽織り、サラリとした赤い長髪を靡かせる姿が―――


「散開ッ!」


 ―――見えたので、アルヴィンはその場から駆け出した。

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