夜中、ベッドで
さて、レイラに情報をもらったその日の夜。
アルヴィンはちょっとしたピンチに陥っていた。
(ヤバい、姉さんが僕に抱き着いているせいで抜け出せない……)
時刻は皆さん夢の中で羊さんを数えている頃。
寝静まっており、いつものアルヴィンであれば深い眠りについているのだが、今日はそういうわけにもいかない。
アカデミーが始まり、日中自堕落フリーダムな生活ができなくなった以上、何か行動するには夜中になってしまう。
先日の『神隠し』の一件でも、アルヴィンは皆が寝ている頃に動き出した。
さて、だから今日も───と考えていたのだが、現在アルヴィンの体には華奢で細い腕と温かな感触が引っ付いていた。
もちろん、そのお相手は毎度のことながらいつの間にかベッドに侵入したセシルである。
(うーん……無理矢理引き剥がしてもいいんだけど)
そうすれば起こしてしまうかもしれない。
一応、アルヴィンがしようとしていることはセシルには秘密にしている。
開幕早々、盗賊を倒したところを見つかった際にちゃんと話したのだが、もう一度話すかどうかは別問題。
なんだかんだ姉を大切にしているアルヴィンは、危険な場所にセシルを連れて行きたくないと思っていた。
正義感の強いセシルのことだ。きっと話を聞けば「私も行く!」と言い出しかねない。
故に、こっそりと抜け出す必要があるのだが───
(なんでこんな時に寝相が素晴らしいホールドを決めているのさ……)
寝ている時は気が付かなかったが、今の構図を分かりやすく説明するとセシルの抱き枕にされている状態だ。
足も絡ませ、しっかりと抱き着いている状態になっている。
抜け出したいのは抜け出したい。しかしなんだろう……抜け出したくないと思っているアルヴィンがいる。
(ふむ……素晴らしい感触だ)
ただし、その気持ちは多分な下心ではあるが。
(……姉さん、少し胸が大きくなったかな? ムチムチスベスベ素肌とマシュマロ感触が僕のセンサーに違和感を与えている)
チラリと、アルヴィンは視線を横に向けた。
大人びているような、あどけないような、そんな美しくも愛らしい端麗な寝顔。
同性の女性ですら思わず嫉妬してしまいそうなプロポーションに、ほのかに香る甘い匂い。
それら全てがアルヴィンの心をくすぐり、このまま起きた状態で堪能───
(って、馬鹿ッ! 姉相手に何を考えているんだ僕はッッッ!!!)
危うい思考を寸前で吹き飛ばしたアルヴィン。
このまま堪能していれば禁断の関係に一歩突っ込みそうであった。
(さ、さっさとレイラのところに行こう……待ってるだろうし、こんな攻撃に僕の理性が珍しく負けそうだし)
今まではあまり感じてこなかったのに、一体何故今回は? ふと、アルヴィンの脳裏に先日馬車で受けたファーストキスが思い浮かんだ。
それが余計にもアルヴィンの顔に熱を与え、身動きに抵抗を与える。
しかし、このまま寝ているわけにもいかない。アルヴィンはいそいそとセシルを起こさないようゆっくりとホールドから抜け出そうと試みる。
「ふへへ……アルくぅん、好き……」
起きているのかいないのか。
セシルのいつも言っていそうな寝言が耳に届き、その度に動きを止めて様子を窺ってしまう。
しばらくそんなことを繰り返していると、ようやくアルヴィンはセシルから抜け出すことに成功。
ぐっすりと眠り、少しはだけて刺激的になっている寝間着姿のセシルを改めて見た。
(はぁ……無防備にも限度があるでしょ。こりゃ将来の旦那さんが心配になるなぁ)
その将来の旦那さんが誰になるかは知らないけど。
弟として、その旦那さんは見極めないといけないけど。
そんなことを思いながら、アルヴィンはクローゼットへと向かい着替えると、そのまま窓枠に足をかけた。
ただ、なんとなく。さっきも改めて見たはずなのだが、もう一度振り返ってセシルの方へと顔を向ける。
相変わらず綺麗な女の子だ。
無防備ではあるものの、それが安心しきった平和な日だからこそ見せられている姿。
(今回は姉さんには関係ないけど───)
こんな平和の日を迎えようとしている人間を傷つけるのは許せない。
だからこそ、アルヴィンは視線を戻して窓へと身を乗り出した。
「……行ってきます、姉さん」
やれる人間がやればいい。
結局、そんな風に世界は回っており、そんな風に人は動いて日々を生きている。
ただ、やれる人間が自分かもしれない。
人にとっては「やる必要がなくても」、「お前には関係ない」、「そういう人間に任せろ」という案件の可能性もあるだろう。
誰かを助けるのは騎士でいい。治安を守るのは衛兵でいい。泣いている子を救うのは英雄でいい。
餅は餅屋。合理的で現実的だからこそ、今を生きる人間は効率よく生きられている。
(僕はお門違いかもしれないけど、自分である可能性と準備ができているなら……)
───誰かのために拳を握ろう。
綺麗事だと言われても、綺麗事を可能とする力があるのなら実現してあげたい。
そんな気持ちを持った優しい少年は、今日もまた夜の世界に溶け込んでいく。
「……行ってらっしゃい、
そして今日もまた、最後に残った彼女の声は届かなかった。
これは決してクライマックスなどではない。
所詮、彼の行動は今までとなんら変わりない優しさから生まれた誰かのための行動。
であれば、声が届かなくても問題はないだろう。
「相変わらず、優しいんだから……アルくんは」
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