一緒には帰れません

 セシルの誕生日が控えている。

 ここ最近慌ただしかったため、そのことを失念してしまっていたアルヴィンは親しい二人にプレゼント選びを手伝ってもらうことになった。

 何事も善は急げ。

 そのため、二人にお願いして今日の訓練が終わり次第一緒に王都で探そうという話に至った。


「ほらっ、アルくん! もっと本気出して!」


 ―――そんなやり取りをしたのだと知りもしないセシル。

 現在、訓練最後の打ち合いということで愛しい弟と木剣を持って相対していた。


「な、なんて凄いんだ姉さんは! さっきから全然手も足も出ないよ!」

「その場から動かないでいなされ続けている私にそれ言っちゃうの?」

「ぐっ……なんてパワーだ、押し負けちゃう!」

「微動だにしてないよ、アルくん!?」


 そんな様子を打ち合いが終わった周囲は眺めていた。

 あまりのレベルの高さに、周囲は盛り上がる。声援まで出ているほどだ。


『アルヴィンさん! 俺達のロマンを揺らしてくれ!』

『胸部の揺れが足りない! もっと……もっとだ!』

『本気出せよアルヴィンさん! あんたならまだ揺らせるよっ!』


 とはいっても、その声援には多分な下心が含まれているが。


「アルくんが本気出してくれない……お姉ちゃんくやちぃ」

「やだ、ちょっといきなり可愛くならないでよ」


 それでもセシルは構わず剣を振り続けた。いい指南役から今まで指導を受けてきたのだろう。

 型の優美さは言わずもがな、的確に急所を狙い、かつ自分の隙を見せないところは流石の一言だ。


 ただ、今回は相手がすこぶる悪い。

 アルヴィンはセシルの言った通りその場から一歩も動かずに木剣を綺麗にさばいていた。

 何度も繰り出される激しい剣撃も、腕を小さく振るうだけでカバー。

 才能の差を目の当たりにされているようであった。

 けど、少しだけセシルは「むっ」と頬を膨らませる。弟が凄いのは分かっているが、少しぐらい本気を出してくれてもいいじゃないか、と。

 それは騎士を志す者としてのプライドだろう。


「アルくん、アルくん」

「ん? どうしたの?」

「本気を出してくれないと、お姉ちゃんは激しいチューをします」

「さ、最近はその脅しにも屈しない鋼の精神ができたんだっ! っていうか、僕はそもそもずっと本気だよえぇもちろん! 別に「動くのだるいなー」なんて思っていませんとも、えぇ!」


 アルヴィンの額に冷や汗が流れた。

 やると言ったらやる姉ではあるが、ここで何度も脅しに屈してしまえばこれからも同じ脅しを食らってしまう羽目になる。

 ここはなんとしても脅しに屈しない鋼の精神を強固なものにしなければ……ッ!


「いいの? お嫁に行けなくなっちゃうよ?」

「何をする気!? 実の弟に対して何故その懸念が飛び出してくるの姉さん!?」

「子供は二人ぐらいがいいな……(ポッ)」

「僕はお嫁に行けなくなった姉さんの責任を取ることも、二人の子供を作ることも絶対に認めないからねッッッ!!!」

「名前は二人の名前から取って……」

「負けてたまるかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


 アルヴィンは首筋を狙ってきた木剣を腕を掴むことで防ぐ。

 そして空いた足を綺麗に払うと、木剣を手放した手でセシルの襟を掴んでそのまま地面へと倒した。


「こ、これでいいですかねお姉様……ッ!」

「きゃっ、押し倒されちゃった♡」

「やだっ、どっちに転んでも頭がおかしい子を喜ばせちゃう!」


 訓練場から拍手が生まれる。

 あのアカデミーで二番目に強いセシルを倒したことに対する賞賛だろう。

 ただ、そんな賞賛を受けているアルヴィンは喜ぶ姉を見てさめざめと泣いているのだが。


「それでは、今日の訓練はここまでにしましょう。皆さん、今日もお疲れ様でした」


 タイミングよく、リーゼロッテが皆に声をかける。

 それに伴って、騎士団の面々は「疲れたー」などと言葉を漏らしながらゆっくりと解散を始めるのであった。

 アルヴィンも解散するべく倒したセシルに手を差し伸べる。


「今日もお疲れ様、アルくんっ!」

「はぁ……はいはい、お疲れ様でしたー」


 本格的な訓練を始めたのは今日だけだが、アルヴィンは姉の労いにため息を吐きながら頷いた。

 本来ならこんなことするはずもなく家でダラダラ過ごしていたのに、と。そういう気持ちが多分に含まれているからだろう。


「っていうわけで、アルくん一緒に帰ろー!」


 セシルはアルヴィンへと思い切り抱き着いた。

 ふくよかな感触がアルヴィンを襲う。ほほう、相変わらず素晴らしいボディだ素晴らしいほほう素晴らしい。アルヴィンは思わず鼻の下を伸ばしてしまうが、すぐさま気まずい表情を浮かべる。


「えーっと……今日は先に帰ってくれない?」

「ふぇっ? どうして?」

「そ、それは……」


 このあと、アルヴィンはレイラとソフィアと一緒にセシルの誕生日プレゼントを選びに行く。

 本当はリーゼロッテも来る予定だったのだが、急にお仕事的な用事が入ってしまったとのこと。

 流石に「姉さんの誕生日プレゼントを買いに行く」などとは面と向かって言えない。

 サプライズにこだわっているわけではないが、本人に言うのはどうかなという一般的なお話だ。


「も、もしかして……浮気?」

「安心して、浮気じゃないから」

「でも、女の子と一緒に出掛けるんでしょ?」

「安心して、浮気じゃないから。だからハイライトの消えた瞳のまま僕の首をゆっくりと絞めるのはやめるんだ」


 付き合ってもいないのに浮気もクソもないと思ったアルヴィンであった。

 それにしても、まだ何も言っていないのに女の子と出掛けるなど、よくも分かったものである。


「……じゃあ、どうして一緒に帰ってくれないの?」


 セシルのジト目が突き刺さる。

 アルヴィンは気まずそうに目を逸らし始めた。


「ちょっとした買い物に……」

「だったらお姉ちゃんも一緒に行く!」


 それはまずい。

 一緒に行こうものならプレゼント選びが確実に露見してしまう。

 しかも一緒に外出するのはレイラとソフィアといった女の子。確実に浮気ではないが浮気認定をされる恐れがあった。

 アルヴィンの超スーパーで超IQの高い脳がフル回転を始める。

 そして、アルヴィンは一つの結論に至った。


 そうだ、一緒に買い難いものを言えば姉さんも行きたくなくなるじゃないか、と。


「か、買いに行くのは……ちょっとえっちな本なんだ!」

「じゃあ、一緒に読んで参考にしようねっ!」

「ここに形容しがたい変態がいるッッッ!!!」


 身内と「むふふ♡」な行為をも進んで行おうとするセシルに思わず戦慄する。


 ―――結局、それから姉を引き剥がすのに数十分を要することになった。

 なお、この時の埋め合わせをしなければならなくなったのだが……それはまた別の話である。

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