第二王女VS公爵家の面汚し
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! すげぇぜ、二人共!』
『流石、俺達の
『けど、アルヴィンさんも全然負けてねぇ!』
『きゃー! アルくんかっこいいー! お姉ちゃん、更に惚れそうだよぉー!』
などといった盛り上がりを見せる騎士団の面々。
訓練場で繰り広げられるのは、団長であるリーゼロッテと公爵家の面汚しと馬鹿にされたアルヴィンとの激しい戦闘。
もはやギャラリーと化した騎士見習い達は興奮に包まれ、それぞれに声援を浴びせ始めた。
そんな中、対峙しているリーゼロッテは冷静ではあれど内心驚いていた。
(素晴らしいですね……)
二刀の剣が同時にアルヴィンの首と胴体を襲う。
しかし、アルヴィンは顔色こそ少し歪ませながらも身を屈め、側面を拳で叩くことによって難なく対処していく。
それで終わらず、身を捻ることによってもう一度胴体へと剣を振るうが、こちらもアルヴィンは側面を叩いて弾くことで迎撃していた。
更には、弾いた傍から自分の懐に蹴りを放ってくる。これが攻め切れないもう一つの要因だ。
(セシルから聞かされた自慢話では、アルヴィン様は本来魔法士。にもかかわらず、体術のみでここまで対等に渡り歩いてくるとは……)
リーゼロッテは騎士団のトップに立つほどの実力がある。
同年代ではそれこそセシルを凌いで敵などいないほど。余りある才能と鍛錬のおかげで向上してきた実力は、アカデミーの中でも随一だ。
まだまだ本気ではないとはいえ、アルヴィンは対等とでも言わんばかりに自分との戦闘を続けられているのには舌を巻かずにはいられない。
(あの時はセシルの自慢に身内の過剰評価と決めつけていましたが……なるほど、これでは認識を改めざる得ませんね)
元王家直属の魔法師団副団長と騎士団団長の息子。
比類なき、異端の天才。
それがアルヴィン・アスタレアなのだと、リーゼロッテは自覚する。
だから本気で行こう。
この時点で入団させても問題はないと思うが、せっかく対等に渡り合える人間に出会えたのだ。
興奮と相手に対する礼節がリーゼロッテのギアを上げた。
「僕の知ってる第二王女様じゃないみたいだ……ッ!」
「あら、幻滅されましたか?」
「そんなことは。ただ、ここまで本気にならなくてもいいのでは!? 煌びやかなシャンデリアの下にいる方が絶対似合ってると思います!」
「ふふっ、恐らく私はこちらの方が性に合っていますので」
「ちくしょう! なんで僕の周りの人間は肉体労働に勤勉なんだ!」
アルヴィンは木剣を弾いた瞬間、地面から無詠唱で氷の柱を生み出した。
(ついに魔法を出してきましたね……ッ!)
持ち前の反射神経で回避に成功したリーゼロッテは、先程まで詰めていた距離を離される。
それが好機と見たのか、アルヴィンは腕を振るった。
その瞬間、訓練場の端から巨大な柱がリーゼロッテ目掛けて襲いかかってくる。
「レディーに対するプレゼントにしては大きい気がしますよ、アルヴィン様ッ!」
「プレゼントの大きさが愛情の大きさとも言うじゃないですか!」
迎撃はしない。
こんな巨大な氷の塊を壊そうとしてしまえば、木剣がすぐに壊れることになるだろう。
となれば回避。巨大な物体に対して回避できる場所など少ないが、この際仕方ない。
だが───
「対人戦闘だったら、絶対にここへ来るよね!」
回避した先に、アルヴィンが待ち構える。
転がって回避したリーゼロッテへ向かって、勢いよくやって来た足が振り抜かれる。
それを木剣で守る。またしても地を転がってしまったが、この入団試験では一撃をもらわなさえしなければ問題はない。
ただ、その隙をアルヴィンが見逃すわけもなく……足元一帯に氷の波状が生まれた。
(容赦ないわね、アルヴィン……)
その様子を見ていたレイラは苦笑いを浮かべる。
手加減をしているかなど、レベルの高すぎる戦闘を見ただけでは分からない。あとでインタビューでもしなければ箱の中身など分からないだろう。
だが、躊躇という言葉が消えているような気はした。
そうでなければ、津波のように襲ってくる氷の波状を向けたりはしないはずだ。
しかし───
(セシル様の近くにいるあなたなら感じたんでしょう?)
波を前にするリーゼロッテは笑っていた。
(剣術だけならセシル様と同じだって)
次の瞬間───
ッッッッッッッッッッンンン!!!!!
と、氷の波に一つの穴が生まれた。
辺りには水蒸気のような煙が立ち込め、遅れて胸を揺さぶる音が響いた。
「……おかしいとは思ってたんだ」
一方で、アルヴィンは空いた穴を見て頬を引き攣らせる。
そこから姿を現したのは、身体中に揺らぐ炎を纏ったリーゼロッテ。
「剣だけ見たら姉さんの方が強いって思ったのに、姉さんより強いってことは……絶対他に何かあるってことだもんね」
「ふふっ、サプライズは成功しましたか?」
「わぁー、嬉しー……別に必要だとは言ってないんだけどありがとうございます……」
アルヴィンと同類。
魔法士でありながらも、近接戦闘に長けた存在。
それがリーゼロッテという第二王女なのだと、アルヴィンは今更ながらに痛感させられる。
「えぇい、怯んでいられるか! 僕は負けられない理由があるんだッ!」
「具体的に、どのような理由なのでしょうか?」
「貞操の危機!」
「セシル……流石に弟様が可哀想になってきましたよ」
肩をがっくりと落とすリーゼロッテに向かって、アルヴィンは肉薄する。
行うのは近接戦闘。足元からは氷の柱、手に氷の短剣を生み出し、首元を狙うためにアルヴィンは距離を詰めた。
その時───リーゼロッテはアルヴィンに向かって手を向けた。
「待ってください」
どうしたのか? アルヴィンはいきなり制止を訴えたリーゼロッテに思わず足を止めてしまう。
「中止です」
「え、えーっと……」
「正座」
「はい?」
「そこに正座してください」
さて、ますますわけが分からない。
だが、首を傾げるアルヴィンにリーゼロッテは少しキツめに声を出した。
「正座!」
「はいっ!」
お淑やかな第二王女らしからぬ声に、アルヴィンは反射的に正座をする。
そして、正座したアルヴィンへと近づき、リーゼロッテはその額へとデコピンをした。
「その剣を使ってしまえば危ないではありませんか」
「へっ?」
「なんのために私が木剣を使ったと思っているんです?」
確かに、アルヴィンの生み出した剣は容易に相手を切り付けられる。
刃を研いでいない木剣とは違い、殺傷能力は桁違いだろう。
アルヴィンは指摘されてようやく気がついた。
「熱くなってしまいましたが、あくまでこれは入団試験です。殺すための戦闘ではありません」
「う、うっす……」
「いいですか? あなたは相当対人戦……それこそ、命のやり取りを積んできたのだろうことは相対していて分かりました。ですが、この場は模擬です。命のやり取りをする相手が違います」
いきなり説教を始めたことに、ギャラリーであった騎士見習い達も思わず呆けてしまう。
それはアルヴィンとて同じであり、脳内には「理由は分かるけど、どうして説教されてるんだろ?」という疑問が浮かんでいた。
「そもそもですね、アルヴィン様は戦闘以外の状況判断というものが───」
「……こ、この終わり方は流石に釈然としないッ!」
「聞きなさいっ」
「いえす、まむッッッ!!!」
そんな光景を見て呆けていたギャラリーはようやく現実へと追いつき、ついには笑い始めていた。
せっかくあれだけの戦闘をしたのに、盛り上がっていたのに、なんと締まらないオチなことか。
アルヴィンさんらしい。誰かが腹を抱えながら口にする。
そして、親しい中であるレイラは額に手を当てた。
「なにやってんだか……」
───こうして、入団試験は釈然としない形で幕を閉じる。
ちなみに、リーゼロッテによる説教は三十分も続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます