実力を見た者

 何が起こったんだ?


 真っ先に浮かんできた言葉はそんなものであった。

 偶然……いや、人よりも少しだけ体を鍛えていたからか。騎士を目標に研鑽を積んできた生徒の一人である少年は薄れ行く意識の中で疑問が脳裏を埋め尽くしていた。

 体が冷えている。視界が薄いガラスにでも阻まれているような。それでいて、体が一つも動かせない。

 ぼんやりと輪郭だけ見える視界に立つのは自分と同様に動かない生徒。

 そして、ゆっくりと白い息を吐き出す……公爵家の無能だった。


(馬鹿な……ッ! 無詠唱でこの規模の魔法を展開しただと!?)


 基本、魔法には詠唱が必要となる。

 それは起こそうとしている事象を魔力にしっかりと認識させるためだ。

 緻密であればあるほど展開できる魔法は強力になり、扱える者も少なくなる。

 だが、時折……才能がある者は過程の詠唱を省いていたりした。

 それは脳内に起こす事象のイメージがしっかりとできているからであり、ただ魔力がある凡人が行おうとしてもただ何も起こらない。


 無詠唱は、魔法士にとって才能がある証。

 しかし、才能がある中でもイメージする魔法が緻密であれば扱うのが難しく、比較的簡単なものしかできないという。

 そのはずなのに、目の前にいる男はやってみせた。

 しかも、無能で公爵家の面汚しだと言われているような同い年の男が―――


(セシル様が言っていたことは、本当……?)


 自分よりも強いのだ。

 セシルが弟であるアルヴィンを好いているのは知っている。贔屓目を見せてそう言ったのだと、初めは思っていた。

 だが、こんな光景を見せられてしまえば認識を改めるしかない。


(これが、本当のアルヴィン・アスタレア……)


 少年は、ゆっくりと意識を落とした。



 ♦♦♦



 アルヴィンの実力を前にして驚いていたのは、何も少年だけではない。


(あちゃー……凄いなぁ、アルくんは)


 なんとか客席に逃げることができたセシルは苦笑いを浮かべていた。

 目の前に広がるのは、容赦なく生徒をも飲み込みながら広がった氷の一面。

 陽の光によって反射し、輝いてこそ見えるものの……訓練場一帯を一瞬で埋め尽くした現実には驚かずにはいられない。


(お母さんとどっちが上かな? 現役時代だったらいい勝負してた?)


 セシルの脳内に、現役を引退した母親の姿が浮かんだ。

 自分は騎士で魔法には疎い。あの母親だったらどういう反応を見せるだろうか? 

 いや、それよりも―――


(問題は私と本気で戦った時かなぁ)


 アルヴィンの性格上、自分と本気で戦うことはないだろうと思っている。

 面倒臭がりで、こんな凄い実力を持っているのにひけらかさない。謙遜とは少し違う……ただ目立ちたくない。完全なる宝の持ち腐れ。


(うぅ……お姉ちゃんとしての威厳が)


 これでも、セシルはという自負がある。

 同年代では間違いなく敵などいないし、この実力のおかげで騎士団の副団長にもなれた。

 しかし、こうして改めてアルヴィンの実力を見てしまうと、自分がどれだけ小さな世界で戦っていたのかを痛感させられる。

 あの人だったら勝てるかな? ふと、そんなことを思った。


 そして—――


「かっこいいなぁ、アルくんは……


 やはり、セシルも一端の乙女。

 白い息を吐きながら少女を抱く姿を見て、ほんのりと頬を染めるのであった。



 ♦♦♦



「加減はしたけど、しばらく動きはしないでしょ」


 そんな言葉を、ソフィアは近くで聞いていた。

 顔を上げれば、今日知り合ったばかりの男の子の顔が見える。抱き締めている体の側面は体温によって温かいのだが、背中の部分は氷土の上にいるかのように寒い。


 ―――何が起こったのか、ソフィアは一瞬理解ができなかった。


 突然抱き締められ、アルヴィンが一歩を踏み出した時……自分達以外の部分が一斉に凍り始めたのだ。

 水を上から流すと、円形に広がっていくように。

 氷の波紋が訓練場を襲い、迫りくる生徒達を容赦なく飲み込んだ。


(この人は……)


 ソフィアのアルヴィンに対する印象は優しい人であった。

 それでいて面白く、一緒にいて楽しい。あとはどこか安心してしまう温かさがあるぐらい。

 だけど、それ以外は自分と変わらないと思っていた。

 周囲に馬鹿にされているけど、自分と同じ生徒。これから一緒に努力して、成長していくのだと。


 でも、そんなのは必要ないんじゃないか?

 だって、もう完成されているのだから―――


「あ、寒かった?」


 いつものおどけた様子で、アルヴィンがそんなことを尋ねてくる。


「い、いえっ! 大丈夫です!」

「そう? だったらさっさと教室に戻ろうよ。これじゃ、続きをするって言っても無理だろうしね」


 そう言って、アルヴィンはソフィアの体を離した。

 それがどこか寂しく感じてしまったが、ソフィアは突如浮かんだ願望を両手をバタつかせながら振り払う。


「それにしても、やっちゃったなぁ……姉さんの思惑通りじゃないか。これでネギを背負ってたら、僕は完全にカモだよ」


 先を歩くアルヴィンの姿は、とても落ち込んでいるような感じがした。

 こんなに凄いことをしたのに。自慢するどころか悲しんでいる。

 よく分からない。でも、ソフィアは励ましてあげたくて―――


「あ、あのっ!」

「ん?」

「凄かった……い、いえっ、!」


 素直に口にするのが恥ずかしかったのか、その時のソフィアの頬は少し染まっていた。

 そんな言葉を受けて、アルヴィンは一瞬呆けたような顔を見せるとすぐに小さく笑ってくれる。


「……まぁ、可愛い子に褒められたってだけでもよしとしようかな。美少女の誉め言葉って男からしたら大金ものだし」


 ソフィアはアルヴィンがそう言ってくれて嬉しかった。

 だからからか、立ち去ろうとするアルヴィンの横に駆け寄り、もう一度笑顔を見せた。

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