overdose

有理

overdose

「overdose」


夕季 理央(ゆうき りお)

永倉 有理(ながくら ゆうり)



※1:1もしくは0:2としてご利用ください。

※自殺表記あります。苦手な方はご注意下さい。




理央「ねえ有理ちゃん。僕ね、有理ちゃんが本当は好きだったんだよ。」


有理N「ダイニングテーブルの上で転がる瓶は白い錠剤を吐き散らかした。」


理央「ねえ。そう言えてたら、僕達同じ夢が見られてたかな。」


有理N「真っ暗な部屋。ドアノブに引っ掛けた花柄のスカーフ。」


理央「また、会いたいな。」


有理(たいとるこーる)「overdose(オーバードーズ)」


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理央N「喧騒。朝のホーム、鳴り響く警笛に肩が跳ねた。咄嗟に耳に捩じ込むイヤホンからは騒音に負けないほど叫ぶシャウトと重低音。僕は俯いて黄色い点字ブロックの数を数えていた。」


有理「おはよ!」

理央「…」

有理「おーはーよ!」

理央「…」


理央の足を踏む有理


理央「い、たっ」

有理「おはよってば。」

理央「有理ちゃん、」


理央N「右耳のイヤホンを外すと彼女は笑った」


有理「爆音すぎ!音漏れすごいよ」

理央「あ、ごめん。」

有理「またロックバンド?」

理央「いや、これはロックバンドじゃなくてヴィジュア」

有理「ねえ、今度の土曜学校?」

理央「…バイト。」

有理「遊ぼうって約束いつになったらできるの?」

理央「いつになったらって、」

有理「いつもバイト、検定、バイトバイトってさ!理央いつ遊んでるの?」

理央「遊ぶって例えば?」

有理「友達と買い物行ったりとかー映画とかカラオケとか」

理央「あんまりそういうの行かない。」

有理「なんで!高校生なんて一生に一度だけなんだよ!勿体ない!」

理央「お金欲しいんだ。新しいマイク買いたいから。」

有理「マイク?」

理央「配信始めたってこの間言ったけど忘れた?」

有理「あ、教えた動画サイトで?」

理央「うん。」

有理「えー!私も見ていい?」

理央「いいけど大したことしてないよ。」

有理「理央の息抜きになったならよかった!」

理央「…うん。ありがとう、教えてくれて。」

有理「ふふ。あ、電車きたよ!」

理央「うん。」

有理「耳!大事にしなよ?」

理央「わかった。」

有理「じゃ!またメールするね!」


理央N「颯爽と去って行く彼女はいつもニコニコしてて、いつも楽しそうで、いつも綺麗なローファーで、いつも、羨ましかった。」


理央N「空いた右耳は、人が溢れる車内でテストの話、恋愛話や家族の愚痴、そして友達の悪口を雪崩のように取り込む。だからすぐに好きなもので塞ぐ。重低音、掻き鳴らすギター、ツインペダルの激しいバスドラム。何も聞こえなくしてくれる。僕はこの現実が大嫌いだった。」


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理央N「廊下側から数えて三列目の1番前。そこが僕の席だった。僕が教室に入ると後ろの方で群れる女子達がくすくす笑う。わざと音を立てて椅子を引く。そうしたら黙るのだ。そのくらいで怖気付くなら幼稚なことしなきゃいいのに。机に鞄を叩きつけて買ってきたミルクティーにストローを通す。」


理央N「相変わらず後ろから聞こえる悪口。それもどうせ彼が登校してきたら止む。去年ダブった中園先輩。なぜか彼だけは僕に優しかった。教卓に座ると僕を笑う。またハブられてんのかお前、って。誰のせいでこうなってると思ってるんだろうか。」


理央N「友達のいない僕は、何をするにもほぼ1人だった。その分気も楽だったし、勉強にも集中できた。授業の合間も携帯をひらけばSNSに必ず誰かがいた。寂しくなんかない。彼女が僕に唯一の居場所をくれたんだとインターネットに触れるたび思い出していた。」


__________


有理N「理央、覚えてる?駅前で一緒にハンバーガー食べた時のこと。」


有理「ねーえ。理央は恋人いたことないの?」

理央「なんで?」

有理「別にー。あんまりそういうの興味なさそうだし。経験あるのかなー?って」

理央「あるよ。」

有理「え?!そうなの?」

理央「告白されたら断れないから。」

有理「ん?どういう意味?」

理央「断れないんだよ。なんて言ったらいいか分かんない。」

有理「告白されたら好きになるの?」

理央「好きになる努力はするよ。」

有理「理央、違うよ?好きだから付き合うんだよ。好きって言われたら誰でも好きになるの?」

理央「好きってよく分かんないんだよね。」

有理「どういう意味?」

理央「好きとか、愛?とか、結局いつかは終わることじゃん。わざわざ終わりが決まってることをどうして始めるんだろうって思う。」

有理「終わる?」

理央「ずっと好きでいることなんてできないんだよ。どうせ。」

有理「…そんなことないよ。」

理央「そんなことあったから言ってるんだよ。」

有理「理央のパパとママのこと言ってる?」

理央「…。信じて裏切られるくらいならさ、最初から信じなきゃいい。関わらなきゃいい。そうしたら傷つかなくてすむでしょ?」

有理「理央。人は愛がなきゃ生きられないんだよ。」

理央「じゃあ僕は飢えて死んじゃうね。」

有理「理央」

理央「でも、人間だっていつかは死ぬでしょ?」


理央「愛なんかなくても同じだよ。」


有理N「恋愛について話す理央は、全部を諦めたような顔しててさ、何度も泣きそうになったよ。そんな頃から、私が埋めてあげたいって、変えてあげたいって思うようになったんだ。私のエゴなんだけどね。」


理央「有理ちゃんは?」

有理「え?」

理央「恋愛、してないの?」

有理「うーん。微妙!」

理央「微妙って。」

有理「大切にしたいって思ってる人はいるよ。」

理央「ふーん。」

有理「興味なさすぎるでしょ。」

理央「大切しなよ。そう思ってんなら。」

有理「…うん。」

理央「あー。」

有理「ん?」

理央「ピクルス、抜いてっていうの忘れてた。」

有理「食べてあげるよ。」

理央「いいの?」

有理「いいよ、それくらい。」


有理N「差し出された食べかけのハンバーガーが妙に愛しくて、二口も食べたら仕返しだってジュース半分飲まれちゃったの。ね、覚えてる?笑い合ってさ。ポテト半分こしたこと、ナゲットのソースで毎回揉めたこと、ねえ、思い出した?この時間がずっと続けばいいのにって私いつも思ってた。」


__________


理央N「家に帰るとたまに母の新しい恋人がいた。僕の顔を見ると少し気まずそうに“こんばんは”と言う。母は僕に何でも話す。会社の愚痴から家のこと、出て行った父のこと。思春期真っ盛りの妹のこと。何でも話す。いつもそれなりに、感じのいい答えを返すのに僕は必死だった。食事が終わると部屋に籠り顔も知らない人と朝まで話す。オンラインゲームもした。誹謗中傷もなくはなかったけれど怖くはなかった。僕みたいな人間がイキって悪口を書いてるんだと思えば、どうってことなかった。」


有理「もしもーし。」

理央「もしもし。」

有理「早起きだね」

理央「今から寝るんだよ。」

有理「え、今4時だよ?」

理央「そうだよ。」

有理「SNS更新してたから今起きたのかと思った。」

理央「ゲームしてた。」

有理「一人で?」

理央「いや、ネットの人と。」

有理「へー。仲良い人できたんだ?」

理央「仲良いっていうのかな、顔も知らないけど」

有理「なんか声が楽しそう。」

理央「深夜テンション?かも。」

有理「ふふ、何時に起きるの?」

理央「5時。」

有理「え?!」

理央「始発の次の電車だから。」

有理「絶対寝坊するよ!」

理央「しないよ。いつもこんな時間だから。」

有理「寝不足じゃん!」

理央「学校で寝てるから大丈夫。」

有理「不良め!」

理央「成績上位10位には毎回入ってますから。」

有理「効率魔!」

理央「はいはい。」

有理「じゃあ、また駅でね。」

理央「うん。また後でね」

有理「うん。おやすみ」


理央N「たまにかかってくる有理ちゃんからの電話。頻度の多くないそれがとても心地よかった。」


________________


有理「おはよ!」

理央「…」

有理「爆音!」

理央「うわ、」

有理「耳悪くなっちゃうよ!」

理央「急に取らないでよイヤホン。」

有理「音漏れしすぎー」

理央「ごめん、」


有理「ねえ、進路決めた?」

理央「うーん。」

有理「え、もう3年だよ?」

理央「就職しようと思ってたんだけどさ。」

有理「うん?」

理央「進路指導の先生が進学勧めてきて。」

有理「無駄に成績いいからだ。」

理央「無駄って…」

有理「それで?」

理央「え?」

有理「え?理央はどうしたいの?」

理央「うーん。」

有理「?」

理央「断れないんだよね。」

有理「え?」

理央「どうしたいとか決めてるわけじゃないからさ、断るにしてもなんて言ったらいいのか分かんない。」

有理「…断れないから進学するの?」

理央「うーん。」

有理「ねえ、理央。断るときはね、“嫌です”って言うんだよ。」

理央「…わかってるよ。」

有理「わかってないよ。…もしかして嫌われたくない?」

理央「、」

有理「だから、」

理央「あのさ。」

有理「…」

理央「そうやって、ずかずか入ってくるの、困る。」

有理「…ごめん。」

理央「…僕もごめん。」


有理「…理央」

理央「電車、きたから。」

有理「あ、うん。」

理央「じゃ、」


理央N「その夜、配信中有理ちゃんから着信があった。勿論でられなかった。夜中にかけ直すわけにもいかず、着信履歴に残る赤字が僕達を気まずくさせた。」


_____________


有理N「理央が進学を選んだことは配信を聴いて知ったよ。四年制の大学、高校よりもっと遠い場所まで通ってること。だから、お母さんにお願いして一人暮らしさせてもらったの。理央が終電逃して帰れなくなっちゃった時とか、うちに来ないかなって。そんなこと話そうと思って、あの日呼んだんだ。」


理央「久しぶり。」

有理N「久しぶりに会った理央は少し垢抜けていてゴツいヘッドホンを首にかけてたね。」

理央「よく一人暮らし許してくれたね。」

有理N「でも、困ったように笑う顔は前と同じで安心した。」


有理「説得したよー。いい加減子離れしてほしくってさ。」

理央「いいじゃん。愛されてるんだよ。」

有理「いつかは終わるのに?」

理央「はは、なにそれ」

有理「誰かさんの真似ー」

理央「よく覚えてるね。」

有理「そりゃ、」


有理N「他愛もない話をするつもりだったのに、黒いパーカーの袖から見える赤い線」


有理「なに、これ。」

理央「あ、ああ。別に大したこと」

有理「なにこれって聞いてんの。」

理央「…恋人、できて。」

有理「恋人できたから何」

理央「まあ、色々あって、」

有理「理央は恋人ができたらリストカットするの?」

理央「いや、その」

有理「別れて辛いから切ったの?」

理央「別れてない、」

有理「じゃあ何で」

理央「…有理ちゃんは、嫉妬とかしたことある?」

有理「は?」

理央「あ、ごめん。」

有理「違う、怒ってるんじゃなくて、話の脈絡が分かんなくて」

理央「僕、嫉妬したことなくてさ、今まで一度も。」


有理N「そりゃあそうだろうと思ったよ。だって理央は好きだから付き合うわけじゃないんだから。」


理央「奪っちゃったんだ、人の。僕、」


理央「知らなくて、他に恋人いたなんて。知ってたら近づいたりしなかったのに。」


理央「僕のために別れてきた、なんて言われたら断れないでしょ。」


有理N「なのに、好きなわけでもないはずなのに。どうしてそんな人のために傷なんかつけちゃうのって、」


理央「僕は、人との付き合いかたがよく分からないから、傷つけちゃうんだその人のこと。異性と飲みに行っちゃいけないんでしょ?こまめに連絡は返さないと浮気?になるんだよね?でも、僕分かんなくて、だから」


有理N「なんで、どうしてって」


理央「その痛みが分からないから、代わりに切った。」


有理N「理央。」


理央N「気がついたら僕は彼女の腕の中にいた。見上げると涙でぐちゃぐちゃになった顏があって酷く驚いた。」


理央「有理ちゃん?」

有理「あのね、理央。私、ずっと困らせちゃうかもって言えなかったことがあるの。」


理央N「嫌な予感がした」


有理「私、理央がずっと好きだった。」


理央N「僕は、」


_______________


有理N「そんな奴、どうせ碌でもない奴なんだから、早く捨てて私と一緒に生きようよって、どうせ好きでもないんでしょって、泣きじゃくってあなたを困らせたね。」


有理N「私、高を括ってた。だって、理央はどうせ断れないんだからって。でも、」


理央「…友達で、いいじゃん。」


有理N「なんて、さ。本当に辛いこと言わせちゃったよね。ごめんね。」


有理N「私、理央の隣でいつでもピクルス食べてあげられるような、そんな関係でいたかったんだ。たったそれだけでよかったのに、欲張っちゃった。」


有理N「でもね、」


________________


理央「幸せになってくれるなら、それでいいから。」


理央「そう、書いたくせに。住所、勝手に変えてんじゃねーよ。戻ってきたじゃんか、手紙。返事、ちゃんと送ったのに。今時手紙なんて普通送らないんだよ。すぐ送らなかったから怒ってんの?ねえ、そんな顔してんなよ。起きろよ、ほら。耳、そんな綿なんか詰めてないで僕の好きな歌聴けよ。何にも聞こえなくなるくらい音量上げてやるから。爆音で聴かせてやるから。起きろよ。」


理央「…あの後さ。僕、結婚しちゃったよ。有理ちゃん、したことないだろ?紙に書くんだ、婚姻届。呆気なくて笑えたよ。有理ちゃんが止めてくれないから僕はずっと間違い続けてるよ。プロポーズ?っていうやつも断れなかった。だから書いたんだよ、何で止めにこないんだよ。」


理央「有理ちゃん。僕、どうしたらよかったのかな。」


理央「有理ちゃん。どうしたらまた会える?」


理央「有理ちゃん、」


_______________



有理N「ダイニングテーブルの上で転がる瓶は白い錠剤を吐き散らかした。」


有理N「真っ暗な部屋。あの手紙と一緒に送った花柄のスカーフ。」



理央「どうか、一緒に連れていって」



…………………………………


※以下読まなくても大丈夫です



有理「ねえ、最後のお願いも叶えてくれないの?」


理央「指切りしてない約束は守らなくていいんだよ」


有理「意地悪。」


理央「勝手に死んじゃう有理ちゃんの方が意地が悪いよ」


有理「うん。」


理央「会いたい」


有理「うん。」


理央「会いたいんだ」


有理「餓死しちゃう?」


理央「うん」


理央「今度は、間違えたりしないから」


理央「もう一度、愛してよ」

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overdose 有理 @lily000

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