第7話 下世話……

 三カ月前、社交界の話題をさらっていたのは、神童を鼻にかけた傲慢令嬢ユリアーネと気弱な美少年エリアスだ。

 そんな話題の二人が顔を合わせたのは、王家のお茶会から五日後のことだった。


「シュスター家のお祖父様がお父様に家督を譲ったから家がバタバタしているの。当分の間、エリアスは我が家に通います。兄のフォルカーと妹のユリアーネよ。三人で仲良くしてね」


 にこやかなのは母だけで、無理矢理引き合わされた子供三人は困り顔だ。

 傲慢と言われるユリアーネと、気弱で何を言われても黙っているエリアス、外面の良い捻くれ者のフォルカー。

 子供らしく一緒に遊んで仲良くなれる顔触れではない。

 母の期待虚しく、三カ月経った今も三人の仲は一緒に勉強している人から進展していない。



 この三カ月、一向に仲が深まらないユリアーネとフォルカーとエリアスの三人を見守っていた母だったが、ついに直接攻撃に出た。

「エリアスが我が家に来るようになって三カ月だけど、貴方達三人はなかなか仲良くならないわね? 挨拶以外の会話を聞いたことがないわ」


 母にからそう言われたフォルカーとユリアーネ兄妹からは、特に反応はない。

 外面の良いフォルカーは、外に出ればそれなりにやっている。

 問題はユリアーネだ。特殊な事情を抱えている娘を、母はずっと温かく見守ってきた。だが、そろそろそんな悠長なことも言っていられない。

 その内学園に行くようになって、嫌でも人と関わっていかないといけないのだ。


「毎日会って一緒に勉強しているのに、どうして世間話程度できないのかしら? いつまでも子供のままではいられない。分かるわね? 貴方達はその仏頂面を隠して、面白くもない話にもニッコリ笑って相槌を打たないといけないの」

「母上、それは俺には関係のない話ですよね? 俺は家から出れば、いくらでも仮面を被れます」

 

 本人の宣言通り仮面を被ってニッコリ笑ったフォルカーの発言に、母は顔を曇らせため息をつく。

「そうね、フォルカーの外面の良さは知っているわ……。フォルカーにも言いたいことは山ほどあるけど、ユリアーネに比べれば、確かに一歩先を行くわね……」

「そんな! 根性悪の兄様に劣るとは……」


 フォルカーはユリアーネを嘲笑う。

「俺はお前やエリアスみたいに、誰にでも壁を作って寄せ付けないなんて馬鹿な真似はしない。そんなことをしていれば、無駄に敵ばかり作って面倒なだけだからな!」


 いつも通り言い合いを始めた兄妹を残して、もうしばらく様子を見ようと決めた母はサロンを後にした。


 


 この二人の兄妹は、世間一般的な兄妹とは言い難い。

 兄のフォルカーは、自分より優秀な妹への愛情を拗らせてしまった。

 そんな兄の言動にいちいち腹を立てるユリアーネだが、社交界そつなくこなすフォルカーを尊敬している。ユリアーネには絶対にできないことだからだ。

 それになんだかんだ言って、フォルカーはユリアーネを助けてくれる。そんなこともあって、ユリアーネはフォルカーを信頼している。

 普通の人なら絶対に信じないようなフォルカーの発言も、本気で真に受けてしまうほどに。




 母の言葉にガックリと肩を落としているユリアーネに対して、フォルカーは薄ら笑いを浮かべていた。

 悲しんでいたり困っている妹を見たら、揶揄わずにはいられない身体なのかもしれない。


「お母様の言うことは分かりますけど、私には友達がいないのに、何て声をかければいいのか分かりませんよ……」

「えっ? なに? ユリアーネはエリアスに話しかけたいの?」

「三カ月も一緒に勉強をしているんですから、仲良くなりたいと思いませんか? それに、なぜ我が家に来ているのかも気になります」


 政治に興味がないので派閥に属さず誰にも媚びないコーイング家は、伯爵家ながらハイマイト国では浮いた存在だ。外国の人間が家に訪れることは多いが、国内の貴族が来ることなんて皆無だ。

 そんな家に毎日やって来ては何もしゃべらずに帰っていく美少年の存在は、ユリアーネの好奇心をくすぐった。大体、知りたいことをそのままにしておける性格ではないのだ。


「気になるなら、直接エリアスに聞けばいいだろう?」

「お母様の言う通り挨拶しかしないのに、どうやって『何か事情があって家に来るのですよね?』って気軽に聞けるんですか? 私は兄様みたいな狂心臓を持ち合わせていないんですよ」


 フォルカーは面倒くさそうにため息をついた。


 「お前も結構、下世話だな……」


 汚いものでも見るように言われてしまった言葉は、ユリアーネの心に深く突き刺さった。


(確かに人様の家の事情を盗み見ようなんて、恥ずべき行為よね……。お茶会で私を見世物みたいに見てくる令嬢達と変わらないじゃない!)


 自分の下世話さが身に染みたユリアーネは、泣く泣く好奇心を捨てた。

 自室へ戻ろうとする傷心中のユリアーネに、フォルカーは追い打ちをかける。


「お前、もしかして自分がエリアスの婚約者候補になったとか思ってる?」

「……全く考えていませんでしたが、そうなのですか?」

「な訳ないだろ! その賢い頭は、常識には反応しないのか?」

 思わず両手で自分の頭を掴んだユリアーネは、兄に揶揄われたのだと気づいた。

 気づいたところで、もう遅い。


「公爵家で、この国の宰相を任される家だぞ? まず家格が違い過ぎる。おまけに男も惑わす、あの容姿だ。ユリアーネみたいな一筆書きできそうな平凡な子供が、エリアスの隣に立とうなんて……。お前って結構図太い神経してるんだな?」

「……兄様、言い過ぎです……」


 そうフォルカーは言い過ぎだ。妹が初めて自分以外の人間に興味を示したのが許せないのだ。エリアスへの興味を失わせるために、あえて興味を失わせるようなことを言っている。

 しかし、そんなフォルカーの思惑なんて分からないユリアーネは、これ以上おもちゃにされる前に走って逃げ出した。





◆◆◆◆◆◆


本日二話目の投稿です。

読んでいただき、ありがとうございました。

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