第6話 令息達の争い

 その日、騒ぎが起きたのはユリアーネ達のテーブルだけではない。

 第一王子の側近候補として最有力な令息達が顔を揃えるこのテーブルでも、ひと騒動起ころうとしていた。


「国の裏切ったくせに偉そうなシュスター家と同じテーブルかよ!」

 お茶会とは思えない侮蔑の言葉が聞こえてくる……。

 そう言われたシュスター家のエリアスは、顔色を失ったまま何も言い返せない。

 それをいいことに、ベルトラン・クライトンと取り巻き達は楽しそうに笑っている。


 クライトン家は一族の没落をシュスター家のせいだと恨みに思っている。

 名ばかりの公爵家となったベルトランはその鬱憤を、気の弱い同級生であるエリアスをいじめることで晴らしているのだ。


「国王から嫌われているシュスター家が宰相を続けているなんて、陛下の弱味でも握っているのだろう? 第一王子の側近も、得意な汚い手を使って手に入れるのか?」

 

「大体さぁ王妃様が亡くなって大変な時に財務大臣を辞め、陛下や国に迷惑をかけた家のくせに。宰相が空くなり、掻っ攫うなんて節操がない! クライトン家を陥れたのだって、お前らだって知ってるんだよ!」


 毎回毎回、飽きないのかというくらいに宰相への執着と恨み言を溢れさせるベルトラン。

 「そんなに宰相になりたいのなら、くれてやる」と叫びたいところだが、腰抜けと呼ばれるエリアスにはそんな真似はできない。


 そもそもエリアスにとって宰相職なんて名誉なことでも何でもない。むしろ嫌悪の対象だ。

 祖父が宰相になったことで、シュスター家は崩壊したのだから……。


「お前の爺さんは、王妃の愛人だったんだろ? お前も愛人みたいな面だもんな? お前が宰相になったら、この国の未来が心配だよ!」

 ぎゃはははと品無く笑うベルトランとその取り巻き達を前にして、何も言えず唇を噛むエリアス。


 ベルトランの態度は品位の欠片もなく、周りの子供達も不快そうに眉を顰めている。だが、同じ分だけ、エリアスにも呆れた視線が注がれている。

 これだけの侮辱を受けて何も言い返せないのは、貴族として致命的に弱すぎるからだ。


 エリアスが周りから軽んじられるのは、ベルトランの言う通りの容姿のせいでもある。

 肩まであるサラサラの絹糸のように細く輝くシルバーブロンドに、澄んだ菫色をしたアーモンド形の瞳はまるで大粒の宝石のよう。

 顔立ちは中性的でニッコリ微笑まれると、令嬢のみならず令息までもドキドキしてしまう美少年だ。

 体格は十二歳にしては背が高い方だが、線が細くひょろひょろしている。そのせいもあり、どうしても儚げで気弱な印象が残ってしまう。


「クリステンス国の王家に近いお前の祖母さんに、国王が気を遣ったんだ! 王妃が病死してもクリステンス国との同盟を維持したい国王が、クリステンス国に媚びるためにシュスター家を宰相にしたんだよ。国王に利用されているだけなのに、それにも気付けず偉そうにしやがって。本当に馬鹿一家だな」


 中性的な弱々しい印象と何も言い返さない性格のせいで、こうやって言いたい放題にされてしまう。家でも社交の場でも耐えることに慣れてしまったエリアスは、されるがままだ。


 だが、ここは王城だ。ベルトランが調子に乗るには、場所が悪すぎた。

 ベルトランの背後に、音も無く人が立つ。

 自分が影に覆われたことに、ベルトランが気が付いた時には遅かった。影の主が穏やかなのに底冷えする声をかける。


「そうか、クライトン家に国の未来を心配してもらうまでに王家は落ちぶれたか」


 影の声を聞き身体を震わせたベルトランは恐る恐る後ろを振り返ると、声を失って顔を青くした。

 そこには、王家の血筋に多く出ると言われる黒髪赤目の男性が、恐ろしいほどの笑顔を見せて立っていた……。


 ベルトランは口をパクパク動かすだけで声も出せず、今にも窒息しそうだ。

 エリアスが目を見開いて「王弟殿下……」と呟き、さっと立ち上がり臣下の礼をとった。震え上がりながら立ち上がった取り巻き達も、エリアスに倣う。


 王弟は鷹揚に微笑んでいるが、目は全く笑っていない……。

「今日は君達のお茶会だからね、私はのんびり様子を窺っているつもりだったんだけど……。王家のお茶会には相応しくない話が聞こえてね」

 そう言った王弟が、ベルトランと取り巻き達に冷たい視線を送る。

 遅れて臣下の礼と取ったベルトランの喉の奥が、恐怖のあまりひゅっと鳴った。


「クライトン家は、相変わらず教育がなっていないようだね……」

 普段は温厚で有名なフェルナン・ハイマイトの目が赤く光ると、ベルトランはガタガタと歯を鳴らして震え出す。


「前宰相が王妃の愛人だって? 自分の発言が王妃や王家を貶めているって、分かっているのかな?」

「……も、申し訳、ござい……せん……」

 今更だが自分なりの誠意を見せようと、ベルトランは地面に這いつくばって頭を下げる。

 しかし、王弟の怒りは収まらず、ゴミでも見るような冷たい視線を送るだけだ。


 ベルトランの声はでかいし、エリアスの容姿は目を引く上に、王弟まで登場してしまった。

 関係のない者達だって、凍てつく空気に触れて恐怖に顔を引き攣らせている。これで騒ぎにならないはずがない。




 この日の話題をさらったのは、この二つのテーブルでの珍事? いや、騒動だった。

 神童を鼻にかけた変わり者令嬢と、最強公爵家の腰抜け美少年といえば、常に話題に事欠かない存在だ。それが王家のお茶会で王族以上の存在感を放ってしまったのだから、当然の結果とも言える。

 第一王子の婚約者の話も側近の話もそっちのけで、社交界は暫くユリアーネとエリアスを嘲笑う話題で盛り上がった。





◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

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