第9話 研修2:運命課《後編》


「はぁ…はぁ…内容が濃い…」


 なんとか予想よりも1時間多い3時間かけて資料を読んだおかげで内容は理解できた。

 しかし内容の濃度が想像の数倍だった。一切集中を切らすことなく読み込んだおかげで内容は暗記できたけど、見た目は30ページほどなのに内容は数百ページほどの専門書のような密度だった。

 そんな密度の高い内容を30ページに纏められているので難しい言葉や難解な表現などが多く、必死に解読して理解したのが今という事だ。


「あの~資料は読み終わりましたけど、俺は何の仕事を手伝えばいいんでしょうか?」


「……」すっ


「あ、また…書類ですか」


 手渡されたのは二枚書類にさっきまで読んでいた冊子の悪夢が頭をよぎるが、内容を確認してみると先ほどまでのとは違ってわかりやすくまとめられていた。

 書かれている内容を簡単に言えば『現状素人に任せられるのは低位にある物のみ、手順に従って整備点検をしていてほしい。他に用ができればその都度、知らせる』と言った感じだな。


 もう一枚の方には低位の運命の歯車の整備方法や必要資材の場所が丁寧に書かれていた。

 書類を確認しているとウルコラ様が同じように整備に必要な道具を渡してきて、興味をなくしたように自分の仕事へと戻ってしまった。


 まだ少し聞きたいことはあったけど、別に今すぐに確認しなくちゃいけない事ではないので諦める。本当なら確認してもいいのかもしれないけど、今回の仕事では絶対に必要のない質問だから後回しにしたってことだ。

 なのでとりあえず渡された書類の裏面に書かれていた点検の場所までの向かう。


 この壁ごと移動し続ける運命課で初心者、しかも昨日今日に神界へと来たばかりの新神なのでウルコラ様から離れていない場所までしか任されることはないようだ。書かれているのはウルコラ様の机が見える場所だけだったからな。

 そうして向かった場所の下の方にある低位の歯車を確認する。


「こっちは問題なし……これも平気…こっちも…」


 低位であるため小さく無数にある運命を表す歯車を一つ一つ注意しながら確認していく。これが意外と俺には楽しくて黙々と進める事が出来てしまう。

 もしかしたら神と成る前の俺もこういった作業が好きだったのかもしれないな…とか、考えていると1つ動きのおかしい歯車を見つけた。


「えっと…ガタガタと外れそうになっているってことは、寿命じゃない不測の運命が起きたことによる異常か…なら使うのはこれか」


 起こる歯車の不調を先ほど見た資料の一覧から思い出して必要な整備道具を取り出す。その道具に神としての力を少し流しながら歯車を直接触れながら調整していく。

 すると運命の歯車の持ち主の過去・現在・未来に起こりうる運命が薄っすらと見えてきた。


 最初はうっすらと見えていた光景に少し方向性を正すよう流れを操作して、今回の異常動作の原因の場所を確認する。

 この歯車の持ち主は小さな虫だった。問題なく過ごしても数年も経たずに終える命のはずだが、なにか黒いハッキリと見えない何かによって運命は途絶えてしまうところまで俺は見た。


 本来なら寿命を全うする運命が狂って途中で途絶える事になってしまっていた。

 それを神の力を道具に流し歯車自体を調整しながら運命の流れも直すと、途絶えた運命の先の光景が見えて正しい流れに戻ったことを確認した。


「ふぅ~…よし、次だな」


 一度やってみて分かったことだが運命の調整は思っていた以上に神経を使う精神的に疲れる作業だった。簡単に言うと少しでも力の流れを間違えると歯車の司る運命事破壊しかねないのだ。

 なので出力と流れの両方を正確に、適切なものへと調整して整備する。


 口で言うのは簡単なんだが実際にやってみると本当に集中力がものすごく必要だった。でも、死神課の時のようにひたすらハンコを押すよりは仕事をしている感じがして個人的には結構好きだった。

 なので疲れはしても苦痛には感じなかったし、次の異常が起きている場所へと向かった。


「これか、回転が他のと比べて極端に遅いな」


 そこにあったのは他の歯車は勢いよく回転しているなかで、ゆっくりと回っている歯車があった。今にも止まりそうかと思えば、少し持ち直して回転数を上げる不安定な状態だ。


「始めるか…」


 異常が出ているのはわかったので必要な道具を取って力を流し、先ほどと同じように接触すると歯車の持つ運命が見える。

 この運命の持ち主はどこかの世界の老いた動物のようだ。しかも老いたと言っても衰えたわけではなく、長く生きて一つの森の長と成った聖獣一歩手前と言える者だった。


 ただ聖獣と言うわけではないので寿命は存在しているが、死ぬのは後数百年は先の事だ。そのはずなのに見えている運命だとあと数年もせずに急激に体が衰え衰弱死するさまが見え、原因となるものが映らないが何か黒い靄のような物が見えた。

 そこまで見るとまた視界を歯車へと戻し調整を進める。


 先ほどの虫の時も見えた黒い何かが運命の狂う原因を表現しているんだろうけど、それが共通しているのかどうかは俺にはわからなかった。

 確認しに戻ろうか?とも考えたが異常を起こしている運命の歯車は他にも無数にあるので、すべてを点検・整備して共通していると思ったら聞くくらいでいいだろう。


 という事で、今は眼の前の仕事優先だな。

 動きの遅くなった歯車へ道具を通して力を流して調整していく。先ほどのは外れないように締めるような感じだったが、今回のは言うさればモーターの不調の調整と言える。

 なのでより慎重に神経を使って丁寧に直していった。


「っ!ふぅ~……なんとかできた~」


 体感で先ほどの倍近い時間を掛けて、ようやく回転数が安定した。

 先ほどまでと違ったのは実際にやってみて分かったが、聖獣に成りかけの生物が持つ運命は通常とは違い抵抗力?とでもいうべきものが強かった。そのために必要な流す力も増えるし、増えた分だけ操作にも更に神経を使う事になる。

 なんとかできたけど、正直これ以上の力の操作は俺にはまだ早いだろうな。


 できないとは言わないけど、失敗した時に出る影響が想像できない。

 それなのに試すのはリスクが高すぎる。なんて心配しながら渡されいているリストを見ながら確認していくと、どんなに難しくても聖人や聖獣に成りかけ存在の運命だけだった。

 この事から俺の現在の制御能力を考えた上で用意されたリストだと察せられた。


「はぁ…やっぱり一部署を仕切るだけはあるってことか、変な神だと思ってすみませんでした」


 だいぶ距離が離れてしまったが、小さくても見えるウルコラ様に向かって謝罪する。完全に自己満足ではあるけどね。


パシッ「いたっ⁉」


 顔を上げたら顔目掛けて紙が猛スピードで飛んできて激突した。

 当たった紙は落ちるでもなくひとりでに空中に留まって開き内に書かれている内容を見せてくる。

 そこには『変に気を使わなくていい、働け』となんとも冷たくも見える物だったが、俺は思わず笑みがこぼれてしまった。常に無表情で不気味に思っていたけど単純に口下手なだけのように思えたら、急に微笑ましく感じただけなんだが…なんか不穏な空気を感じるので残りの仕事に急いで向かう。


 直後に先ほどよりも数段速度を上げた紙が矢のような形で飛んできたが、嫌な予感がしてから警戒していたので直前に気づき、後頭部に力を集中させて防いだ。

 後頭部にぶつかった紙は同じように落ちるのではなく浮かび上がると『次はない』とだけ文字が書かれていて、俺が読むと次の瞬間には塵一つ残さず目の前で燃えた。


 これには本当に驚いたけど、まず最初にするべきことは…


「本当にすみませんでした!」


 全力でウルコラ様のいる方へと頭を下げての謝罪。

 すぐに頭を上げて言われた通りに残りの仕事に取り掛かる。


 やること自体は先ほどまでと変わらず、難易度も高くて聖獣・聖人などで、後半になるにつれて最初程に苦労することはなくなっていた。

 それでも数は膨大で終わるころには現在1日に使える神としての力を90%近く消費していて、歩くのも少し面倒なほどに疲弊していた。


『お疲れ、初めてにしては上出来』


「あ、ありがとうございます…」


『また、機会があれば来て』


「はい…」


 できれば遠慮したい。けど、そんなことを言えるわけもなく頷いて、ウルコラ様に最後にお世話になったお礼を言って俺は運命課を後にした。

 ちなみに会話はウルコラ様は常に筆談で理由を聞いたら『喋るの、めんどくさい…』との事だった。


「神って色々いるんだなぁ~…」


 なんて思いながら帰った俺は疲労からか、本来は神なので寝なくてもいいはずだけど、すんなりと眠ることができた。




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