第8話 研修2:運命課《前編》


「さて、本日は別の課へと体験に行くわけですが……大丈夫ですか?」


「ちょっと慣れないことしたので疲れはしましたけど、少し休めば回復できたので大丈夫です」


 顔に少し疲れが出ていたのか体調を確認されたが、本当に神に成ってから体調に不調が出たことはない。と言うのも、勉強機関に習って知ったが神は基本的に精神生命体なので肉体的な病やけがなどとは無縁なのだ。

 その代わりに自信を維持するエネルギーでもある信仰や恐怖と言ったものがなくなると消滅してしまうという事だった。


 あとは肉体がない精神生命体に近いからこそ精神的な疲労などが見た目に現れやすいようだ。

 おそらく今も体調的にはなんともないけれど、昨日の死神課での慣れない仕事の精神的疲労が表に出ていたんだろう。


「回復したのならよかった。では、今日の場所に案内しますから…はぐれないでくださいね?」


「さすがに大丈夫…いえ、わかりました。気を付けてついて行きます」


「はい」


 危険な道なんかもわかるようになったし心配しすぎだと言おうと思たのだが、無言で見つめてくるアズアリスさんの圧に負けた。

 この短い期間でもわかったのだが俺はアズアリスさんや他の神々から後輩、と言うよりも年の離れた弟妹のように扱われているようだ。


 おそらく人間から神に成ることが珍しいのもあるとは思うのだが、最初からここまではっきり人格の形成されている新神が珍しく感じる原因なのだそうだ。

 昨日死神課にいる時に周囲の目が異様に気になるので聞いたので、おそらく本当だろう。その時に『仕方ないから諦めろ』とも言われたので必要以上に甘やかしたりするわけでなければ気にしないことにした。


 そしてアズアリスさんの後に付いてしばらくすると、大きな歯車や配線でできたレトロな機械仕掛けの扉があった。

 こんな見た目なのになぜ時計などではなく扉だと一目でわかったのかと言うと、機械的な見た目に不釣り合いなまでにしっかりとしたドアノブが付けられていたのだ。いや、本当に普通のドアに付いているような下に下げて押したら開くような感じのノブが付いているんだ。


「ふふふ!こちらが今回の体験先の『運命課』です」


「運命課?」


「はい、説明は中の方に挨拶した後に聞いてください。正直、研修先は何処も専門的なこともあるので私だと説明が難しいので」


「わかりました」


「それでは入りますけど、あまり引かないでくださいね?」


「え…」


 どういうことか?と聞く前に扉は開かれていて、見えるようになった中の光景に俺は圧倒された。

 そこは何処までも広くたくさんの通路が張り巡らせてあって、蒸気が噴き出し電気が弾け、多くの歯車が回る…そんな大きな機械の中のような場所だった。常に轟音が鳴り響いて歯車が動いているさまは神界に来てから見る光景の中では一番迫力がすごい。


「そこで止まってると搬入が来た時に危ないですから、早く入ってください」


「あ、はい」


 あまりの迫力に呆然としているとアズアリスさんに注意されて急いで中に入ると、後ろから小さい歯車に羽を生やしたような天使が列をなして大きな箱を運んできていた。

 確かにこの量の荷物が定期的に運び込まれるなら、先ほどまで俺のいた場所だと邪魔になっていただろうな。


 そんな事を考えていると俺が不思議そうにしていると思ったのかアズアリスさんは説明を始めた。


「ここでは10分に一度、ああして搬入が行われるので此処にいる間は気を付けてくださいね」


「わかりました」


「では、担当の方の元までは案内しますから。はぐれないでくださいね?」


「はい、気を付けます」


 何やら念を押すように注意するとアズアリスさんは運命課のさらに奥へと進み始めた。

 最初は何で強く『はぐれない』ように言うのか疑問だったが、進んでみて分かった。


 この運命課と言う場所は驚くほど複雑な構造となっていたのだ。

 しかも機械仕掛けなだけに不定期的に壁自体が動いているところを何度か見かけた。

 つまりこの部屋の中は常に構造が変化していて、向かう方向を見失えば本当に遭難してしまうだろう。だから方向を知っているアズアリスさんは率先して案内してくれているわけだ。


 それからも動く壁を避けたりしながら進むと広い机が数個置かれた場所へとついた。

 更に一つだけ豪華で物が散乱している机があり、そこには不思議なほどに透き通って光り輝く白い紙を短く切りそろえ、琥珀のような瞳を持った少女か少年かわからない中性的な綺麗な神がいた。


「本日はよろしくお願いいたします。運命神『ウルコラ』様」


「よろ……」


「こちらが新神になりますが、まだ名前がないので把握お願いいたします」


「了…」


「では、私はこれで失礼いたします」


 完全に俺は蚊帳の外になっているが、アズアリスさんはウルコラ様と会話?と呼んでいいのかは疑問だが少し言葉を交わすと速足に出口の方へと向かっていった。

 またもや置き去りにされたが自分と司るものが違う神の管理区画に長く居るのは神として不調をきたす事があるのだ。なので早く出ていくのは分かるが、もう少し情緒と言うべきか…こう…なにか足りない気がしてしまう。


「「………」」


 そしてアズアリスさんと話しているときから思っていたが、今回の上司に当たるウルコラ様は無口な方のようで何を話していいのか困ってしまう。

 でも、このまま無言で過ごすわけにもいかないので勇気を出して声をかける。


「あの…それで、この運命課って具体的に何をするかなんですか?」


「…ん」


「え、資料ですか?」


 この場所について聞いたら無造作に30ページはある紙の束を渡された。

 急に渡されて戸惑いはしたが表紙の『運命課説明書』と書いてあるのを見て、質問への答えとして渡されたことを理解した。

 正直、口で話してくれた方が早くね?とは思わなくもないけど黙って読むことにした。


『運命課説明書』

『運命課の主な仕事はが正常に動くように【監視・調整・修復・破棄】を行う事です。この【世界の運命】と言うのはできるだけ上の方を見てもらえば壁一枚ごとに巨大な歯車が1つ付いているのが見れると思います』


 そこまで読んで慌てて頭上を見上げた。

 すると動いている壁一枚一枚の最上部に3メートルはあるであろう巨大な歯車が回っていた。

 これが世界の運命を象徴する歯車ってことだな。


『この【世界の運命】に近いものほど世界に強い影響を与える。例えば強大な国や歴史を変えるほどの天才、そんな世界に多大な影響力を持った存在などを表す』


『そしてここまでの説明で予想もできるだろうが歯車は対象の運命や状態を表わす物だ。激しく動けば現在その者は激動の運命をたどり、緩やかなら変化のないゆとりの時期と言うように歯車の動きだけでもわかるようになっている』


『ここで問題なのは歯車にひびが入る時がある。これは破滅の未来が近い事の暗示で修復が間に合えば逃れることができるが、間に合わずに割れれば終わりという事だ。寿命の場合はどうやっても修復はできないが、不足の事態の時などは修復できる可能性が高いため修復を試みるのが運命課の仕事の一つだ』


 ここまで読んで一度目を壁の上の方にある歯車を見た。

 先ほども見た巨大な世界の歯車を囲むように大きさの違う歯車が無数に回っていた。

 そして書かれているように回る速度が速い物、反対に速度がゆるやかな物と別れていた。これが全て生物や国のような組織を表しているのだと思って見ると意味が変わってくる。


 動きが早く回転が安定している物は加速度的に順当という事だ。

 他にもガタガタと心許ない動きで今すぐにでも外れてしまいそうな物は、今が生き残るかどうかの瀬戸際って感じだろう。

 そうして見ていると明らかに動きの不自然な歯車に作業服姿の神が近寄って修理し始めた。


 30秒ほどで動きのおかしかった歯車は正常な動きへと戻っていた。

 その光景を見て自分がこれから手伝うという事を考えたらできるのか不安に駆られた。


「あれが修理ってことか、えっと…確か目次に修復の方法について書いてあったはず…」


 さすがにやり方の説明もなく手伝えるはずもないので急いで説明者の目次を確認した。そこには細かく分かれていて様々な作業に関して詳しく書かれていた。

 ただ思っていた以上に内容が細かく難しいので、一先ず2時間は読み込むことに集中することにした。なにせ全部が専門的な物で紙の資料なのに動画の説明も付いているから少しは理解しやすいけど、それにしても軽く読んで理解できるほど簡単ではない。


 一応ウルコラ様の方を確認してみるけど、俺に資料を渡してからは話す気がないようで見すらしない。と言うよりも、目の前の書類や搬入された資材の処理で手を放す暇がないようだ。

 つまりは手に持っている資料を読んで自力で理解してからじゃないと手伝えないってことだ……気合入れて読もう。


 ちなみに最終的にしっかり理解できたのは3時間ほど後の事だった。

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