第7話 研修1:死神課《後編》

「ふぅ…」


 あの後、すぐに書類の処理に気合を入れて挑んだのだが正直まだ感覚が人間だったころ基準だという事を痛感していた。


 なにせ始めてまだ2時間半といったところだとは思うが、最初に用意された凶悪にも思えた書類の山はすでに残り数十枚ほどになっていた。俺自身も始めた当初は今日中に終わらないと思っていたのだが、始めてみれば驚くほどにスムーズに書かれている内容が理解できて…後はただ色に合わせてハンコを押していくだけだった。


 その間にデスさんが言っていた他の色の着いた書類も見つけて、実は掛かった時間の半分は色の説明だったりする。


 見つけた色は『白』だったが正直書類と被っていて見分けずらかった。しかも説明が面白く『白色は普通とは違い。魂が直接具現化するような概念を持っている世界が複数存在するんだが、そう言う世界で人間の手によって討伐か浄化された場合の物だな。ただどうしても人間がやると過剰に浄化するか、軽く現世に留まれない程度に弱らせるだけになっちまうんだよ。この色はその後始末でなぁ…これがまた面倒で』と話の内容のほとんどは愚痴だったりした。


 それでも俺が直接何かを処理したりするわけでもなく書類を確認してハンコを押していくだけなので、正直これでも時間が掛かりすぎだと後で言われた。


「ひとまず任された書類の処理は終わりましてけど、この後はどうしたらいいですか?」


「そうだな…」


 任された仕事が終わってやる事が無くなったので他にやる事を聞いたのだが、すぐに思い浮かばなかったのかデスさんも困っているようだった。

 そんな時に視界の端に大量の荷物が部屋の外へと運ばれていくのが見えた。


「あれって何ですか?」


「うん?あぁ~…あれは少し特殊な事案だな」


「特殊ですか?」


 どこか言い難そうにしているデスさんだったが、少し考えている様子だったが急に自分の髪をクシャクシャと手で掻いて吹っ切れたように話し出した。


「あぁ~~~!考えるのは性に合わないんだよな‼だから身も蓋もなく言うけどよ、お前も元人間なら宗教関連の事件だ戦争だのって話は聞いた覚えくらいはあるだろ?」


「え、そうですね…記憶がハッキリと残っているわけでもないんですけど、いくつかは記憶にありますよ」


 急に聞かれて戸惑ったが残っている人間だった時の記憶には複数の宗教関連の事件などに関する物はあった。完全にと言うわけではないので内容までは思い出すことはできなかった。

 それでも知っていると答えるとデスさんはどこか疲れているように小さくため息を漏らして説明してくれた。


「はぁ……もう数百年…いや、数千年だったか?忘れたがかなり前に同時多発的に複数の世界で宗教がらみの死人が増えて、さすがに死神たちでも対処できなくなって各世界の神達に苦情を言った事件があったんだよ」


「苦情ですか?」


「あぁ…なにせ普段ですら大変な数なのに他の宗教関係で死者が増えてパンク寸前、なら信仰されている神にはせめて自分に関係している死者くらいは自分たちで処理してくれ!ってな。まぁ~文句を言ってきた奴らもいたが、その世界の対応を停止してやったら誰も文句言わなくなったけどな‼ははははっ!」


「うわぁ~お気の毒に…」


 その時の事がよほど愉快だったのかデスさんは豪快に笑っていたが、専門ではない仕事を急に任せられた他の神達の事を考えると少し気の毒な気持ちになる。

 ひとしきり笑い切ったデスさんは楽しそうに笑みを浮かべたままこちら覗き込むようにして話を続けた。


「同情する必要なんてない。自分を信仰している者の放置するんだったら、そいつらがやらかした被害の処理もやるのが筋ってもんだろ」


「そういわれると確かに」


「と言うわけで、ストライキした事もあって神界に『信者の起こした大規模な死者の魂の処理は信仰されている神々が行う』と言うルールができたわけだ。そしてあの運ばれているのは…少し前に事件を起こした信者と被害者の魂だな」


 手元の書類を見て運ばれている物の内容をデスさんは説明しながら、書いている内容になのかどこか呆れたような表情を浮かべていた。

 ただ運ばれる量を見れば大規模な死者を伴う事件だったのは明らかで、しかも複数の世界でも起きているようでいろいろな色や形の荷物が様々な方へと向かっていた。


 それを見ていると少し気になることが出てきた。


「そういえば処理って具体的に何をするんですか?浄化とかですか?」


「全然違う。それだけなら別に流れ作業だし俺等のような死神だけでも問題はないからな」


 首を左右に振りながら半笑いでデスさんは自慢げに言った。それだけ魂に関することに死神と言う存在は自信を持っているという事だろう。

 この話題で深堀すると長くなりそうな予感がしたので、あまり深く聞くことはしないで質問を続けることにした


「では、もっと何か特別な事をしなくちゃいけないってことですか?」


「そういうことだ。別に直接手を下したわけではないと言っても、自分の信者が起こした被害者たちにはお詫びと言うわけではないけど、残した家族などに対しての幸運か転生後の幸運を選んでもらって与えることになっている」


「…そこ選ばせる必要あります?」


「言いたいことは分かるがな。さすがに直接的に被害にあっているのは死んで魂だけになってるやつだし、ならその補填の選択権は本人に与えるべき!というのが神界の判断だ。それになにより事件で家族が死んだ者や生き残りに幸運が次々訪れたら不自然もいいところだからな」


「いや、確かに言われるとそうなんですけど…」


 なんだか感情が納得できない。これは人間だった時の名残なのだとは思うけれど、文字通り死ぬほどの苦痛と恐怖を味わった者に更に苦悩を与えることが正しいとは思えなかった。

 でも、他にいい方法があるのか?と聞かれたとき俺には良い答えが出せる気もしなかった。


 新たに神に成ったばかりの俺ではいつから存在しているのかもわからない神々の決めたルールに最適解を出せる自身がなかった。


「ふっ!何を悩んでるか知らないが、別に深く考える必要はないんだよ。幸運とは言っても大きく幸運が来るってわけじゃなく、簡単に言えば『最近少し運がいいなぁ~』って状態が一年くらい続くようなもので、難病が治ったりだとか奇跡と言えるような幸運が起こるわけではないんだからよ」


「そうだとしても少し…もやもやします」


「はははっ!正直だな‼だが悩むのは悪い事ではないし、現状が最適だ!とは神界でも意見はまとまっていないからな。もしかしたら50年後には変わってるかもしれないからな!」


「50年ですか…」


 励ますようにデスさんは言ってくれるけれど50年と言う時間は、俺にはどうしようもなく長い時間のように感じてしまった。


「?まだ人間の感覚抜けないのか?確か記憶はほとんどないんだったよな??」


「はい、自分に関する名前なんかの記憶は完全にないです。ただ一般常識のようなことは完全に残っているようで…」


「なるほど、人間からの神ってだけでも珍しいのにだったとはな…本当に珍しいやつだな!はははっ‼」


 最初は真剣な表情だったデスさんも何か珍しい物を見るようにしていると、急に腹を抱えて全力で笑い出した。

 これでも真剣に悩んでいるのに笑われたことに少しイラっとしてしまうが、それを表に出したら余計に笑われると短い付き合いでもわかったので必死に表に出さないように我慢した。


 そうして笑っているデスさんを見ていて今の話で聞いていないことを思い出した。


「そういえば被害者の方は聞きましたけど、加害者の方にはどんな事をしているんですか?」


「うん?そっちは神によるな。俺の知り合いの神だと『お前ら何人の名前使って好き勝手やってんじゃねぇぞクソが⁉』って言って、わざわざ伝手を使って肉体与えたうえでタコ殴りにしてたなぁ…」


「え…」


 想像以上に過激な対応に俺は唖然としていた。

 なにせ自分達の進行している神に直接会って説教されたりするだけで、本人達は計り知れない精神的ダメージを負うはずなのだ。

 正直、やっても本当に説教や感情任せに怒鳴るような程度と思っていただけに驚いてしまった。


「過激に思うかもしれないけど、これでもまだ優しい方だぞ?」


「は?本当ですか?」


「あぁ…俺が知っている中でも一番やばいやつだと『転生先を小動物に固定、死ぬたびに保存された記憶を呼び戻される』なんて罰を300年も続けた奴もいたからな」


「うわぁ…さすがに気の毒…」


「つまり自分達で処理しないといけなくなった結果、溜まったストレスを元凶である加害者に向けてるってだけだな!ははははは‼」


 本当に楽しそうにデスさんは笑っていたが、この事実を今も生きている信者たちが知ったら宗教犯罪減るんじゃないかな?と一瞬考えたが、すぐに否定した。

 たとえ知らせることができたとしても信じる者が居なければ無意味で、たとえ大多数の者が信じたとしても少数の信じない物は結局現れて変わることはないと思ったからだ。

 あとは単純に知らせる方法がないし、それで減らせるならストレスの溜まっている神達が実行せずに加害者に厳しくすることはなかったと思うからだ。


「と、無駄話が過ぎたか…思いのほか時間が経ってるな」


「あ、本当ですね」


「今日一日だけの体験なんだ、せっかくだし他にもやらせたいことはあるから話はここで終わりだ。いいか?」


「はい、問題ないですよ」


 俺としても神界に少しでも早く馴染むためにも雑学は欲しいが、それよりも今は神としての仕事を覚える方が最優先であった。

 だからデスさんの提案に迷うことなく頷き、その日はアルアリスさんが迎えに来るまで死神課で本格的とまではいかないが色々なことを教えてもらって過ごしたのだった。



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