第6話 研修1:死神課《前編》

「はぁ…はぁ…ようやく解放された」


 どれくらい質問されたかわからないが、粗方の質問に答えたことで満足したのか死神達から解放された。正直、骸骨や黒い不定形の影のような姿の存在に囲まれるのは精神的に辛かった。

 そんな疲れから息が少し乱れている俺の姿を見てデスさんは本当に楽しそうに声に出して笑っていた。


「あはははっ!いや~災難だったな‼」


「笑い事じゃないです…助けてくださいよ」


「あんな面白いこと止めたらもったいないだろ?」


「……」


 もうこの短いやり取りでデスさんの性格がよく分かって来た。つまりこの神は自己中心的と言うか、快楽的で自分が面白いということが全てにおいて優先されるのだ。

 つまり真面目に付き合うだけ無駄だということで今後は気を付けよう。


「それよりも今日、自分は何をしたらいいですか?」


「あぁ~そうだな。まずはオレの横の開いてるデスクに座って」


「はい」


「この書類の整理を頼む!」


「はい?」


 言われた通りに急に現れたからのデスクに座るとドスン!という重い音と共に書類の山が現れた。


 軽く見ても2m近くある書類の山が周囲を囲むように4つ一瞬で出来上がっていて、正直何が起きたのかさっぱりわからないでデスさんへと視線を向ける。


「いや~ちょうど死人の増える時期だったみたいでよ?その仕分けに手が足りなかったんだよな‼」


「何を基準に仕分けるんです?」


 死人の仕分けと聞いてどういうことなのか、すぐに思い浮かばなかった俺は邪魔な書類をどかす手を止めて確認した。

 するとデスさんは少し考えたあと説明を始めた。


「そうだな…まず一番上にある書類だが、上の方に黒い印が入っているのが分かるか?」


「ちょっと待ってください」


 言われてすぐに目の前の書類の山の一番上を確認すると、確かにいろいろ書いてあるのだが一番上に青・赤・黒などの色が付いていた。

 その中から言われた黒い色の付いた物だけを選んで一枚だけ取り出した。


「これでいいですか?」


「それであってるよ。色分けの意味はそのまま浮遊霊とかの処分に繋がる指針になる。例えば青は『自分の死後家族が心配で見守る』と言う理由から浮遊霊となった魂が多く、理由も情状酌量の余地があるとして通常の輪廻に戻すか、家族が全員死ぬまでの間の期間限定で守護霊へと変化させることもある」


「守護霊って死神が決めるんですか⁉」


「うん?何を驚いてるんだ。魂に関係する事のすべては死神の管轄なんだよ。オレ達は魂に関しては他の神よりも特出して得意だからな任されるんだよ」


「そう言う事だったんですか。あ、説明遮ってすみません」


 説明を聞いて納得できたけど同時に説明の途中だった事を思い出して謝った。自分から聞いておいて遮るのは失礼だと思ったからだが、その謝罪に目の前のデスさんは少し驚いたように目を見開いてから笑みを浮かべた。


「はははっ!一々そんな事で謝らなくっていい。むしろ軽くみられるから目上の相手でも少し尊大なくらいがちょうどいい程だからな。神なんて基本的に自己中が多いから今更気にする奴なんていないわ‼」


「そ、そうなんですか?アルアリスさんはしっかりしていたように思うんですけど…」


「あいつも例外の部類だからな。大抵の奴等はオレ並みかそれ以上に態度が悪いぞ?」


 デスさんは楽しそうに笑顔でそう言うが俺の口調や態度はもはや癖なので、甘くみられると言われた所で癖なんて一朝一夕でどうにか変えられるような物でもなく、今後の生活がかなり不安になった。


「それで説明の続きだが、一先ずそこにある分の説明になるが赤いのは『人を恨んで呪う』そのために霊となって現世に留まっている奴らだな。こいつらは見つけ次第に回収だ。どんな事情があろうとも関係なく問答無用で回収て帰還、その後は魂魄の間に乗せて終了だな」


「なるほど、人を呪う奴は現世への影響が強すぎるからですか?」


「そう言う事だ。さすがに数が多いから完全には対処できず、他の知的生物に認知されることも多々あるんだがな」


「…気になっていたんですけど、管理している魂ってどのくらいなんです?


「あぁ……数えている訳ではないんだが、出来るだけ分かりやすく言うなら一つの世界に最低100億以上の生物が存在したとして、把握しているだけでも世界は現存しているのが約1000垓は確実に超えているな。もうこれだけで途方もない数だって…わかるだろ?」


「はい…」


 正直言葉で数字聞いただけでは分からないが、つまりはそれだけ途方もない数だと言う事は簡単に理解できた。

 それだけに魂の管理をしているデスさんを含む死神課の神々が、最初の騒動をを除いて忙しなく手を動かし続けている理由が分かった。


 だからこそ沈んだ声で返事をした俺にデスさんは苦笑いを浮かべてゆっくりと話を再開した。


「まぁそんな感じで手が回らない事も多いが、それはそれで仕方ないと諦める。別に神と言っても全知全能って訳でもないし、出来ることを最大限にやればそれでいいんだよ。と言う事で流れで最後の説明だが、なんとかく予想できてるだろうが黒は消滅対象『悪意を持って周囲を呪う』そう言う奴が対象になっている」


「悪意を持って…ですか。それだけなら赤色の人達も似たような物では無いですか?」


「そう思うのも分かるがな。赤色の奴等はあくまで個人にしか呪わないし、何より呪われるやつも大抵善人ではないからな。だが黒判定を下される奴ってのは大抵が逆恨み、しかも呪う範囲が組織や国なんかの集団規模になるから被害の規模が違いすぎる。前にうっかり放置した時なんてガチで国が一つ滅んで焦ったぜ…」


 昔の経験をもとにそう口にしたデスさんの表情には今までのような余裕の物ではなく、後悔するような暗い影を落としていた。

 それでもすぐに持ち直したデスさんは俺の持っている書類を見ながら説明を再開した。


「その手元の書類の奴もしっかり読んでみろ。そいつが住んでいた世界はそこまで発展した場所ではなかったんだが、そこで存在しない神の名を語って商売をして一大勢力を築いていた。しかし裏で色々やっていたようで周囲にその事がばれて処刑されたんだよ。ちなみにやっていた内容は胸糞悪いから言わん!興味があれば自分で見てくれ」


「ハハハ…そこまで言われると見たくないですよ」


「それもそうか、まぁそんな感じで処刑されたにもかかわらずそいつは死ぬ間際に強く思った『なぜ自分がこんな目に合わないといけない⁉』ってな?しかも何を思ったのか最終的に『目の前のこいつらが悪いんだ‼』となって死後も現世に残って呪いを周囲にまき散らしている訳だな。まだ死んだばかりで意識も目覚めていない魂の状態だから被害は小さいが、それでもすでに数百人規模で呪いが蔓延している」


「そんなにですか⁉」


 魂が死後すぐは意識がない事も気になりはしたが、勉強した2週間で少しは学んだので驚きは小さかった。それでもすでに数百人もの被害が出ていることには心底驚いた。

 学んだ知識では死んだばかりの魂は言わばデータ移行中の端末のような状態で、まだ生前の記憶などが完全に読み込まれていないような状況なのだ。


 そんな無意識の状態ですら周囲を呪って数百人もの被害者を出すと言うのは…俺の想像の範疇を超えていた。


「驚くのも分かんなくはないが、それよりも説明続けなくていいのか?」


「え、むしろ説明続けてて大丈夫なんですか⁉すぐに対処しないと危ないんじゃ…」


「別に大丈夫だよ。時間の流れは神界のほうが早くなっているからな、数分処理が伸びても数秒も向こうでは時は流れないんだよ。勉強期間に学ばなかったのか?」


「あ…そう言えばやりました。今の危なげな話で頭一杯で…」


 指摘されてちゃんと習った事を思い出して恥ずかしく、少し気まずくなってしまい思わず視線を逸らす。

 そんな俺の反応にデスさんは興味深げに覗き込むように顔を見つめて来た。


「へぇ~神ってのは一度覚えれば大抵の事は忘れないんだが、やっぱりなりたてで属性も定まってないと不安定なのかもな」


「そうかもですね…自分だといまいちわからないんですけど」


「まぁそんなものだろ。神の中には自分が何の神なのか?って100年以上悩んでいる奴もいるくらいだしな‼」


「え、それは大丈夫なんですか?」


 デスさんは楽しそうに笑っていたが神にとってはかなり重要なはずなので、そんな100年以上も分からないまま過ごして問題ないのか心配になってしまった。

 しかし俺の心配した様子に対してもデスさんは楽しそうな笑顔を変える事なく、何でもない事のように普通に話し始めた。


「大丈夫だ。神の行動は、それそのものが大抵は司る属性を表現している。その神が司っていたのは『不完全』ゆえに自分が何かを理解する事の出来ない不完全な状態が正常な状態だったと言う事になる。少し複雑な感じになるが、神界では良くあることだから深く気にしねぇ方がいいぞ」


「な、なるほど…わかりました。出来るだけ気にしないようにします」


 正直ちゃんとは理解できなかったが、そう言うものなのだと思って何とか自分を納得させた。

 それから少し俺の混乱が落ち着くのを待っていてくれたのか、落ち着いてきたのを見計らってから話を再開してくれた。


「それと話の続きだが、黒い書類の奴は用意してあるハンコの中に『デスサイズ』のデザインの物があるだろ?それを押したら担当の死神に転送されて、その死神が処理するようになっている。他にも色に対応したものが置いてあって、赤い奴は『箱』青は『天使の羽』のマークだな。他にも色々あるが大抵はその3色しか見ることはないだろう、もし他の色を見つけたらその都度聞いてくれ説明してやるよ」


「わかりました。なら、一先ずはこの書類を処理するって事ですね」


「おう、はじめは大変だろうが…仮にも神だからな、すぐに慣れるさ。終わったら他の仕事の説明もしてやるから楽しみにしてな」


「はい!」


 こうして説明は終わってデスさんは自分の仕事へと戻った。


 そして俺も言われた事をちゃんと覚えて目の前の書類の山を処理して行くのだった。終わったらって言われたけど今日中に終わるんだろうか?と言う不安を無理やり横に追いやって書類の山を処理ことに集中することにした。




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