第3話 神界

アルアリスさんの後ろに続いて歩いて感覚的には数分がたった。するとようやく何もない広い場所に簡素な白い扉が見えて来た。


「あの扉が出口ですか?」


「そうです。あれがこの【魂魄の間】の出口です。各層に一つずつこのような扉が存在していて、出口は神界の中心街になっています」


「中心街…と言う事は、神界には街があるんですか?」


「もちろんですよ。神々にも娯楽や生活は必要ですからね」


 扉の前で好奇心に勝てずにした質問にもアルアリスさんは真面目に答えてくれた。しかも内容は今の俺にとってはかなり面白い物だった。なにせこれからは俺も神として生活しなくてはいけない訳だが、それでも人間の時の記憶がほとんどなくても感覚は人間の時からあまり変わらないので街があるのは嬉しい。


「それでは本当の意味での神の世界へ行きましょうか」


「はい!」


 俺が元気よく返事をすると、それに合わせるようにアルアリスさんは扉を開いて先に入っていく。扉の中は白い幕のような物で覆われていて向こう側が見えなかった。


 しかし不思議と不気味さや恐怖などの感情は湧いてこない。むしろ逆に何処か安心感すら感じているのだから本当に不思議だ。

 っといつまでも考えていないで早く通らないとな‼それではいざ神界へ…


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 扉を抜けた先に広がっていた光景を一言で言うと『全世界文化の詰め合わせ都市』と言った感じだろう。


 勢いよく扉を抜けた俺が最初に目のにしたのは普通に有りそうな近代的なビル群だったが、少し視線が反れると五重塔のような建物が目に入る。その後ろには中国風の建物やピラミッドなど統一性の無い建物が遠くまで並んでいた。

 しかも昔ながらの物だけではなくて、奥の方には近未来的な建物まで見えるので正直目が疲れる。


「ふふふ…始めてみると戸惑いますよね」


「っ!そうですね。ちょっと驚きました…」


 目の前の光景に動きを止めている俺にアルアリスさんが笑いながら同意するように言ってくれた。笑うとは思っていなかったので俺は少し驚いて反応が遅れたけど、なんとか返事を返すことが出来た。


 ただその返事にも何か面白かったようでアルアリスさんは薄っすらと笑みを浮かべていた。


「あ、あの…なにか変なこと言いましたか?」


「いいえ、何もしていないですよ。ただ新しく神が増えることがないと言いましたよね?」


「はい」


「なので神界の街並みに驚いているのが新鮮で、つい笑ってしまったと言うことです」


「そう言う事だったんですか…」


 ちゃんと理由を説明してくれたので何に笑っていたのか理解できてスッキリした。

 そう思って俺が笑って答えるとアルアリスさんはいつの間にか無表情に戻っていた。正直、笑っている方が美人なので勿体ないと思うけど、初対面なのにそんな事を言う勇気は俺にはないです。


「と言う事で、神界は神になったばかりの者には衝撃的でしょうから。簡単に説明しながら目的地、ここからも見える白い塔【ガーデンズ・コア】と呼ばれる場所に向かいましょう。大半の神は言い難いので管理棟って呼んでますけど…」


「へ、へぇ~そうだったんですか」


 なんか微妙な様子で説明するアルアリスさんに少し反応に困ったが、とりあえず教えられた方向を向くと周囲の高層ビル以上の高さの純白の塔が見えた。その外装は距離もあってか特に目立った装飾などは良く見えないが、少し見ただけで周囲の建物と比べても別格な力?のような物が感じられた。


「やはり初めて見ると少し戸惑うかもしれませんね。あの塔は主神や創造神クラスの神々が力を合わせて創り上げたそうです。私も直に見たわけではないですけど、今でも増築・改築といろいろしているようなので研修中に会う事もあると思います。ですから、今のうちに慣れて措いてください」


「りょ、了解です」


 主神や創造神という言葉だけで新神の俺には想像もできない程の力の持ち主なのは理解できた。正直関わりたくないがアルアリスさんの言う事が正しいのなら、これから会う機会もあるだろうし心構えだけはしておこう。


「それでは目的地も見えたことですし、移動しながら他の場所や神界での注意事項などを説明します」


「はい、よろしくお願いします」


 返事を聞くとアルアリスさんはゆっくりと先導して歩き出した。その後に続きながら周囲を確認するとやはり、文化や様式など色々違う建物が乱立している景色は何度見ても違和感を感じてしまう。


「まずは簡単に説明しますと、神々は自分の神格に合わせた場所を創り出して生活しています。ただ隣り合う場所とかは特に決めていないので、景観などは一切無頓着で…結果的にこんなことになっています」


「なるほど…確かにそれだとこの景色も納得ですね」


 つまりは世界中の人間を集めて、各文化に合わせた建物を好きに作ってもらった住宅街のような感じだと思う。ただ創るのが神なだけに規模が一つの建物の大きさだけでも、ざっと見た感じ平均で小さい山3つ分ほどの大きさと広さがあるだけだ。


 しかも神界には神やそれに関係する存在しかいないから景観を気にすることがないのだろう。


「これでも一応、数百年に一度ほど景観も気にしよう!と意見を出す神も居るのですが…まぁ相手にされずに終わります。理由としては、一度創り出したものを動かすのはかなりの力を使いますので、その補填に関する案が誰も出せないんです」


「創り出すのは簡単でも、移動は難しい…人間の住宅とそんなところも似ていますね」


「…確かに言われるとそうですね」


 神になる前の記憶を元に人間をたとえに出して話すとアルアリスさんも納得したのか頷いていた。


「とりあえず、この景色になった理由としてはこんな感じです。生活していれば慣れるとは思いますけど、念のため白い道路以外は歩かないように注意してください。白い道は保護されていて安全ですが他の道に行った場合は…死にはしません、でも大変なことになるかもしれませんので…」


「大変な事ですか?」


「はい」


 いきなりの注意に思わず聞き返すと一切の間を空けずにアルアリスさんは頷いた。その反応に本当にヤバイ…と思って自分の足元を見ると白い道で、一先ず安心した。でも視線を地面にそって動かすと、確かに白以外にも赤や青に黒などの色が細い道には多かった。


 その違いを確認するとちょっと気になったことがあった『もし本当に違う色の道に出たらどうなるのか?』と、でもさすがに試す気にはなれないので質問する事にした。


「…もしですけど、白い道以外に行ったらどうなるんですかね?」


「そうですね。確証はできませんが次元の狭間に送られるか、どこかの神が面白半分で作った実験場に強制的に連れて行かれるか、戦闘狂の神に戦いを挑まれるか、1つの世界なみに大きな迷宮に閉じ込められるか…過去にはこれ以上の事が起きていますね」


「…本気で気を付けます」


「是非、そうしてください」


 想像以上に危険な場所だったので俺は本気で肝を冷やした。後少し聞くの遅れていたら踏み込んで試していたかもしれない。


 そうして他にもいくつかの注意をされながら進んだが、だいたいの内容は簡単に一『他の神の支配領域には安易に入らない』と言う事に集約される。どうやら神と言うのは自由な性格が多いらしく、自分の支配している領域では本当に好き勝手しているようでうっかり入ってしまうと早くても50年は帰れないそうだ。


 神は不老不死なので時間の感覚がかなり大雑把になっていると言う事らしい。などと考えていると本格的に建物の密集している区画までやって来た。


「この辺はいろいろな管理を司るところでも有るので、それなりに整備されていますし過ごしやすいと思いますよ」


「確かに、言われてみると建物も統一感が出てきましたね」


 言われてから周囲を確認してみると確かに周囲には一見高層ビルに見える建物が並んでいた。ちょっとしたレリーフとか置物に何の神が働いているのか、一目見れば何となくわかるようになっていた。しかも注意して見回すと白い道以外の道路がほとんど見当たらなくなっていた。


「先ほどまで居たのが外延区で、今居るのは中央区と言ったところでしょうか。見てもらえばわかると思いますが、ここは神々がそれぞれの属性に合わせた仕事をするための地域でなので、他と比べると整備や管理が行き届いている訳です」


「なるほどそう言う事だったんですか。と言うか神にも仕事ってあるんですか?」


「もちろんありますよ。と言うか仕事と言う事にしないと、サボる神が多すぎるので仕事と言う事になったんです」


 もう何度目になるか話していて気が付いたがアルアリスさんは他の神の話をする時、なにか過去の事でも思い出しているのかもの凄く疲れた表情を浮かべることが多多かった。それだけ神々は個性が強いと言う事なんだろうけど、これからそんな世界で生きていくことになる俺としては不安しかない。


「それでもサボる神は居るんですけどね。とりあえず、あなたは研修が終わってから属性の確認が行われるので、それまでは仕事も無いので神界の生活に慣れるように頑張ってください!」


「まだ何をやるのかは不安ですけど、頑張ります‼」


 俺の不安を感じ取ったのか慣れない様子で応援してくれたアルアリスさんに答えるように元気に返した。

 ただ俺やアルアリスさんは話している間も止まっている訳ではなく、ゆっくりと進んでいたので目的地の白い塔がかなり近づいて来ていた。


「まだ説明していない事も多いですが、最後に神界と言う場所の大まかな説明だけでもしておきましょう」


「よろしくお願いします!」


「まず神界とは、神の住む世界と言うだけではないのです。神々が全てを管理する世界と言う事でもあるんです」


「すべてを管理する?」


「はい、この神界は神々が他の存在を気にする事無く自分好みにいくらでもカスタムする事が許されているんです。他の世界では人間や他の生物への影響が理由で力が出せなかったり、そもそも神が干渉する事が難しい世界だったりと制限が多かったのです。それを解決するために作りだされたのが神々のための世界『神界』と言う事です」


「神と言っても自由ではなかったんですね」


 つまり根本的な神界とは『神々の住む世界』ではなく『神々のための世界』と言う事だ。強い力を持つが故の不自由、その解決策に世界1つを創り出すって発想はやっぱり神ならではだとは思うけどね。


 そうして関心と呆れが半々の微妙な気持ちで俺が居るとアルアリスさんが説明を続けてくれた。


「確かに自由とは言い難かったですけど、完全に不自由だったわけでもないんですよ。ただ全力を出せない状況での生活はストレスがたまるので…暴れる神が多くてその対処としてでもあったんですよ…」


「えぇ…少し感心してたんですけど…」


「いえ、最初の理由も嘘ではないですよ!むしろ八割はそっちですから」


 感心した後にちょっと気の抜けたもう一つの理由に思わず言葉にしてしまった俺の反応に、慌ててアルアリスさんはフォローを入れて来た。今までにない程の慌てように少し笑ってしまいそうになったけど、なんとか堪えて先を進むアルアリスさんに付いて行く。


 それからも軽い一般常識のような話を聞きながら進むとついに正式名称【ガーデンズ・コア】と言われた白い塔が見えて来た。


「先に伝えておきますが、できるだけ私の傍を離れないでついて来てください」


「え…は、はい」


 重苦しいほどに真剣な空気を纏って忠告してきたアルアリスさんに戸惑いながら俺は返事を返した。

 でもなんだかんだと余裕のあったアルアリスさんが、真剣に忠告してきたことに俺は嫌な予感を感じながら塔の中へと入っていく。




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