第2話 魂魄の間

 挨拶を交わしてアルアリスさんと笑い合った俺は、いい感じに周囲の空気が和んだのを感じたので気になっていた事を聞くことにした。


「あの今更なんですが此処は何処なんですかね?入って来た知識にも無いからわからなくて…」


「別に遠慮なく質問してくれてかまいませんよ。新神の教育や案内が私の務めですからね」


いきなり質問するのは失礼かと思ったけどがアルアリスさんは表情こそ変わらなかったが、不機嫌になる事も無く受け入れてくれた。正直かなり緊張していたので怒られずに俺は肩の力を少し抜く。

 俺が緊張を解くのを待っていたのかアルアリスさんはゆっくりと説明を始める。


「それではこの場所に関して説明しましょう」


「よろしくお願いします!」


「まずここは【魂魄のこんぱくのま】と呼ばれる死んだ魂の届く場所。その最上層【神昇しんしょう】と言われる所です。ここは使われることが今までなかったのですが、簡単に言えば神になれる魂の送られて来る場所になります。つまりは今回のあなたのようなケースのための層ですね」


「な、なるほど…?と言う事は他にも層があるって言う事ですか?」


 簡単に今居る場所に関してアルアリスさんは説明してくれたが、完全には理解できないがなんとなく理解する事はできた。でも逆に気になる事も出て来たので質問を重ねる。


「その通りです。この下には【天昇てんしょう】【聖魂せいこん】【白魂はくこん】【浄魂じょうこん】【滅魂めっこん】と言うふうに全六層に分かれています。ここの一つ下の【天昇】は【神昇】と似ていて、天使に成る事の出来る魂の送られる場所になります。更に下の【聖魂】は歴史に名を残すような聖人や聖女など、他にも善行を積み魂に淀みのない者が至る場所ですね。そこでは神の使いとなるか、改めて人間として転生するかを選択できるようになっていて、大抵の人は神の使いに成る事を望みますけどね」


「そんな場所があるんですね。でも大抵と言う事は、転生を望む人もいるのですよね?」


「そうですね。全体から考えれば少ないですが確かに存在します。理由としては『人間として神を奉じ、その存在を世界に広めたい』と言うのが意外に多いみたいですよ?中には今度は自分のための人生を!と望む者も居ますが少数ですね」


「あぁ…元が聖職者の人が多いみたいですし、そうなりやすいんですかね。後者の人もきっと何かあったんでしょうけど」


 たぶん死ぬ前に何かあったんだろうな。宗教は昔はかなり悲惨な事もあったみたいだし、上の立場になればそれだけ苦労も多かっただろうからな。それでも一度の人生を死ぬまで聖人と呼ばれるほどに頑張って生きたなら俺は凄いと素直に思うけどな。

 そんな事を俺が考えている間にもアルアリスさんは説明を続けていた。


「そして【聖魂】の下の層は【白魂】と言い。こちらは単純に善でも悪でもない、ようするに普通の人生を最後まで生きた魂の行きつく場所。そこで善悪のバランスを確認されてから記憶などを消去した後、前世の善悪に合わせた転生先へと送り出す場所になりますね。分かりやすく言えば輪廻の転生を司る場所ですね」


「転生先の判断基準は前世が関係するんですか?」


「転生先も無限ではないですからね。更に善に偏った魂は次も善になりやすく、逆に一度でも悪に偏った魂はそちらに偏りやすい、と言うのが何千年と魂を見て来た神々の結論としてあると言う事です」


「そう言うのを研究している人?が居たんですね。なら納得です」


 人間も精神の発達とか、遺伝子とかなにかいろいろ研究している人達が居るしな。それが神でも観察期間のスケールが大きいだけであまり変わらないと言う事だろう。


「ですが、この意見には反対の方がまだ多くいるのが現状ですね。前世だけで全て決めるのは短慮だと言う意見です」


「まぁ、そう言う意見も出て来るでしょうね。人間の精神なんて絶対でないにしても周囲の環境で、いくらでも変わる可能性がありますから」


「そう言う事です。なのでいまだにこの方式でいいのか?と終わりのない会議がここ数百年続いています。なので、もしこのての話をされても下手な事は言わず、無難に適当に流す事をお勧めします。下手に答えると…死ぬほど疲れますよ?」


 そう話したアルアリスさんの表情には何かあったのか、もの凄い実感の籠った疲労感が浮かんでいた。まだ会ったばかりだけど基本が無表情のアルアリスさんがここまで露骨に表情に出すとは、どれだけめんどくさいんだろうか…この問題。


 とりあえず下手な発言は控えた方が良さそうだな。


「…すみません少し脱線しましたね」


「いえ、気にしないでください。むしろ今後気を付けた方がいい事まで教えてもらえて、こちらとしては大助かりですよ」


「そう言ってもらえると幸いです。それでは話を続けますが大丈夫ですか?」


「もちろん大丈夫です。ここまで来て最後まで聞けないと、その方が気になってこれからの生活に影響が出そうですし…」


 わざわざ確認しなくてもいいとも思ったが、ここは正直に頷いて答えておいた。それに言っている内容はガッツリ本心だ。こんな中途半端なところで説明止められると、何かやってても続きが気になって本当に集中できそうにない。


 そんな俺の答えを聞いたアルアリスさんは少しだけ口角が上がったように見えた。とはいっても、それは一瞬ですぐに元の無表情に戻って説明を再開した。


「それでは次は【浄魂】についてです。今までの流れからわかると思いますが、この層では悪に偏り過ぎた魂を浄化するための層になります。それでも完全に浄化できない微罪どころではないほど悪に染まった魂になると、現世で言う地獄などと言われる場所に送られ、そこで完全に魂が浄化できるまで罰を受けることになります」


「あ、やっぱり地獄とかってちゃんとあるんですね。今までの話の流れだと、存在しないのかと思いました」


「ちゃんと存在していますよ。ただ現世で言われているような、小さい悪行も処罰の対象にすると範囲が広すぎて大変になってしまうんですよ。なのでこの【魂魄の間】では完全には対処できない魂だけを選んで送っているのです。まぁ、それでも全体数が多いので送られる割合もその分多いのですが…」


「あぁ…納得です」


 確かに現世で一度も微悪と呼べるものすらせずに生きている人間なんていないだろうし。さらに地球だけで数億人、他の世界も入れれば微悪を抜いても数は多いだろうな。それと機会があったら地獄も見に行ってみたいな。


「地獄って見学とかできますかね?」


 今の話とはあまり関係ないのだけど、気になってしまった俺は質問した。急な俺の質問にアルアリスさんは少し不思議そうに首を傾げていたが、すぐに何か納得したように小さく頷いて答えてくれた。


「それならできます。ただ、あなたは新神ですので研修を終えてからになりますから。それまでは我慢してください」


「そうなんですか、なら仕方ないですね」


 できればすぐにでも見て見たい気持ちはあったが、別に急いで見たい理由があったわけでもないので俺は頷いた。研修がどの位の期間かは知らないけど、そこまで長くならないだろうと言う考えも、もちろんあったけどね。

 そんな俺の言葉を聞いてアルアリスさんは小さく頷くと話を再開した。


「納得してもらえたなら良かったです。更に追加で説明をしておくと【浄魂】で浄化された魂はその後、1個前の層である【白魂】と同じように次の生へと送り出されることになります」


「そこは変わらないんですね」


「魂は新たに生まれることもありますが、基本的には元からある分で回したいので浄化できればそれでいいのですよ」


 そう言ったアルアリスさんは何処か遠い目をして疲れているように見えた。ただ表情自体は変わらず変化が無いので、おそらく気のせいだと思うが少し気になった。

 しかしすでに何度か話を脱線させて時間を無駄に使用している自覚はあったので、別に聞く必要はないと割り切って大人しく説明を聞くことにした。


「それで最後は【滅魂】ですが、これはもう文字通りですね。罪に染まり過ぎて地獄を使っても浄化できない魂を消滅させるための層です」


「…やっぱりですか」


「はい、完全に染まってしまった魂は他の魂まで浸食してしまう事があるのです。なので染まった魂は消滅させるしかないんですよ…残念なことですが」


 さすがにアルアリスさんも魂の消滅には何か感じるのか声が少し重いように感じた。正直なところ俺も魂の状態で神へと至ったからなのか、魂と言う物を身近に感じるので、その消滅は何とも言えない感情が湧いてくる。


 それでも結局は現実と変わらないと言う事も理解している。悪い事をしないように生きれば消滅させられることはない。つまりは罰せられるのはどの世界でも自業自得なのだ。


「さて、いろいろと話して長引いてしまいましたが、この場所の説明としては今ので終りとなります。もっと詳しく知りたい場合は、輪廻転生やそれこそ地獄の神々に聞いてみるといいですよ。なにせ魂に関してはプロですからね」


「あぁ~!確かにそうですよね。なら機会があれば質問してみます」


 すぐには無理だろうけど魂とか自分にも関わりそうだしな。もし会えることでもあればついでに確認してみよう。


 そうやって俺が提案に前向きな返しをするとアルアリスさんはどこか微笑ましそうに笑っていた。この人?神?は通常は無表情だが、無感情では無いみたいだな。笑顔はその綺麗な顔立ちとも合わさって更に綺麗に見える。


「ふふふ、そうするといいですよ。それではもうここに用もないですし、本当の意味での神界へ案内しましょう。研修場所もそちらになるので」


「はい!よろしくお願いします‼」


 少し思考が脱線したがアルアリスさんが楽しそうに先導するので、俺も気分が上がって来てつい元気よく返事をしてしまう。ちょっと元気が良すぎたのかアルアリスさんは少し驚いているように見えた。


 ただ次に見た時には先ほどまでの笑顔も嘘のように消えて淡々と案内を始めていて、その後ろに俺も付いて行き魂魄の間の出口へと向かう。


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