第20話 崖っぷち王子の出迎えは……

例えようもない絶望を抱え、崖っぷちの王太子ストレチアは帰国した。


凱旋ならぬ敗戦の将だ。帰国の予定も国民には告げられず、目立たない街道からの寂しい王都入りとなった。

小規模とは言え王太子の一団が人目を完全に避けられるものではない。すぐに噂が流れ物見高い野次馬たちが遠巻きに見物に来るが、石こそ投げられないもののそのまなざしはこの上なく冷ややかなものだった。


みじめだった。


王城の裏門を潜る際も静かなもので、おもねる笑顔の貴族たちの姿もない。

裏庭を抜け、馬を下りたところだった。


「殿下」


鈴を振るような可愛らしい声が響き、王子の目が驚愕に見開かれた。


「ヒルデ……?」


流行に左右されない上品なドレスに身を包んだ、気高く美しい女が立っていた。

スカートを広げ、完璧な貴婦人の礼カーテシー を取る。


「このような折ですので、ご身分に相応しい盛大なお出迎えは自粛させていただきました」


「出迎え……だと?」


「はい、お帰りをお待ちしておりました。お帰りなさいませ、我が夫ストレチア殿下」


「ユーフォルビア……?」


知性の光を大きな瞳に宿した少女はにっこりと微笑んだ。そうすると前のように愛くるしい。

堅苦しい挨拶はここまでと、ドレスの裾を翻して軽やかな足取りで駆け寄ってくる。


自業自得とは言え悪意に晒され続けた後で、純粋な好意は春の陽光のようだった。


「見違えた? 殿下がいらっしゃらない間、実家で王太子妃としての教育を受けさせてもらっていたの」


「ああ、初めは誰かと……。そのドレスは……?」


あまりの変わりようにポカンと呆け、意識して作っていた芝居がかった童話の王子様然とした口調を取り繕うことすら忘れた。


義母ははの若い頃の。試着しかしていないからと譲ってくれたものを仕立て直したのよ」


フリルやリボンがたくさんついた子供っぽいお姫様ドレスばかりを着ていたユーフォルビアだが、今身にまとっているのは直線的なラインを描く白一色のドレスだ。

グリムヒルドが着なかったのは似合わなかったからだろう。少女時代から豊満だったグリムヒルドより、ほっそりと華奢なユーフォルビアにこそ似合った。


大きな失態を犯し身を慎まなければならない王太子の妻に相応しいストイックな装い。しかし布地も仕立ても最高品質だから威厳も保たれている。


「……そんなにしげしげと見ないで。恥ずかしいわ」


「あ、ああ……あんまり綺麗だから、見惚れてしまった……」


泉で劇的な出会いの演出をしたときには芝居で言った言葉が、今度は心の底から口をついて出た。

出会ったときから国一番の美少女と言っていい可憐さだったが、今は絶世の美女と呼ぶに値する。


「嬉しい。さあ、お疲れでしょうけれど、まずは両陛下にご挨拶を。ずうっと心配してらしたわ」


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