第15話 この世で一番美しいのは……?
「ガルデニア王国、マイクランサム将軍である! グロリオーサ帝国第一王子ストレチア殿下に言上つかまつる! 騎馬隊を最強たらしめる駿馬を失われし今、貴軍には万に一つの勝機もなし。速やかに降伏なされよ。
今は病に伏せる国王陛下も、陛下に代わって采配を振るう王妃殿下も慈悲深いお人柄であり、まして殿下は愛しい一人娘ユーフォルビア殿下の夫君であらせられる。寛大なお心をもって降伏を受け入れられるであろう!」
真っ直ぐに立てられた槍の穂先が朝日を反射してキラキラと輝き、時折反射光に目をやられる。
軍馬の間には兵士にしてはかなり小柄な人影が配置されていた。
軽鎧を身にまとい、最先端の連射銃を携えている。
「あの射撃兵……村娘たち!?」
よく見れば将軍の馬を引いているのは村長だ。副官が唸る。
「“妖精たち”……。廃れたものと思っていたが、実在していたとは」
「何だそれは?」
「かつてフェンネル公国には公女が生まれると直属の秘密部隊を結成する風習がありました。彼女らはそれぞれに特殊技能に秀で、公女を陰ながら助ける正に妖精のような存在。昨夜殿下のお相手を務めた娘はグリムヒルド様と縁続きの妖精の一人でしょう」
「では最初から……」
「殿下がここから攻め込むのは読まれていました。いいえ、誘い込まれたのでしょう。本当の村人たちを避難させ、妖精たちと――老人と子供も素人ではないでしょう――成り代わらせ待ち構えていたのです」
「……」
「我々は完全に罠に嵌ったのです」
呆然自失の王子のもとに、降伏条件が認められた書状が届けられた。
「降伏だと? 有り得……」
「殿下! それ以上おっしゃられてはなりません!」
「うるさい黙れ! 王族の言葉を遮るとは不遜だぞ!」
裏拳を喰らい、口の端から血を流しながらも副官は黙らなかった。
「女の武装は美貌、武器は誘惑と口車! こちらを調べ上げ、好みや弱みを知り尽くした美しい妖精の誘惑に、男が敵うとお思いですか?
この手際の見事さ、小隊長クラスのうち少なく見積もっても半数は抱き込まれていると考えるのが妥当でございます。決起した彼らに生死を問わず捕らえられて引き渡されるか、捕虜としての扱いは保証された降伏か。どうかご決断を!!」
「降伏……? 負けた? 俺が……この俺が? 女に敗北しただと……?」
「殿下!」
せっつくような言い方にカッとなり、手近にあったものを投げつけられた副官は当たりどころが悪く今度こそ昏倒した。
慌てて副官を助け起こす兵士たちの視線が不快だった。
その不快感は王子が決して自覚したくない、他人を恐れる感情だった。
王子は恐怖を何より嫌った。自分が一番上だと常に思っていたかったから。
「出ていけ! 出ていけぇっ! 誰も近寄るなあっ!」
ヒステリックに暴れる大きな子供に殴られてはかなわないと、皆命令をこれ幸いと撤収していく。
一人になって窓の外を見ればバタバタと倒れている馬たちと、建物の周囲を固めている兵士たちの姿が見えた。
外を覗いているのに気がついたのか、こちらへと視線を向けた兵士と目が合う。
「ひっ!」
王子の全身を恐怖が苛んだ。あいつらはここを警護しているのか? それとも包囲しているのか?
今にも反旗を翻し、激しい暴行を加えるのではないか?
かつて自分はグリムヒルドを取り囲み、散々に屈辱的な罵声を浴びせ、抵抗もできない弱い存在に対して一方的な暴力を加えた。
楽しかった!
徒党を組み数を頼んでやり返せない弱者を一方的に叩き、みじめな姿を眺めて皆で嗤うのは安全でとても愉快な娯楽なのだ。
人間はそういう下衆な生き物だと信じている。
高潔な人間などいやしない。だからこそ人はルールや美学を作り殊更に素晴らしいものだと持ち上げて守らせようとする。
高潔な人間とやらが卑劣な手段を使う者に勝てるはずがないから。
皆がルールを守る中、自分だけ反則技を使えば確実に勝てるから。
勝ってしまえば勝者が正義、非難する人間など所詮負け犬で怖くもなんともない。
勝てばよかろうなのだ。
そういう考えで凝り固まり勝ち続けてきた王子は今、生まれて初めて殴られる側に立ったのだ。
凄まじい恐怖だった。
降伏すれば命は保証されると言った。しかしその後は投獄され、法廷に引き出され、何か月あるいは何年もかけてネチネチと罪を問われ続け吊るし上げられる。
長く鬱陶しい裁判の後で処刑されるかもしれない。
処刑されなくとも強大な軍備を誇りながら農業国家の前になす術もなく捕らえられた帝国で最も無能な王子の一人として歴史に名が刻まれてしまったのだ。
「くそ! くそ! くそ! いやだあああああああ! 嫌だアアアアアア! 時間を戻せえええええええええ! 皆忘れろおおおおお!」
頭を抱え泣き叫んでももう遅い。
「ヒルデ! そうだ、グリムヒルドをここに呼んでくれ! 話がしたいんだ! あいつは俺が好きなんだ! それなのに別の女と、しかも自分よりもずっと若い継子と結婚してしまったから嫉妬で怒り狂ってるんだ! 本当に愛しているのはお前だと素直に告白して、謝れば許してくれる! なかったことにしてくれる! 許してくれるよなァアアアッ!」
王子の慟哭は留まるところを知らなかった。
「グリムヒルドよ、魔法の鏡を持つ王妃よ! この世で一番美しいのはお前だああああッ!」
王子は外にまで響く金切り声で「ヒルデを呼べ」と泣き叫んでいたが、三時間もすると静かになった。無抵抗のグロリオーサ軍の中へとガルデニア兵が進軍し、身柄を確保した。
グロリオーサ帝国第一王子ストレチアは降伏でも自軍の裏切りによる捕縛でもなく、泣き疲れて寝入ったところを生け捕りにされるという醜態を晒したのであった。
総司令官が捕らえられたとの報を受け、他の二隊もそれぞれ策に嵌り負けはしないがそれ以上進めもしない状態に陥っていたこともあり速やかに進軍を中止。
大陸連盟と教会の介入で即時停戦となり、行く末は特別法廷に委ねられたのである。
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読んでくれてありがとうございました!
一番スカッとするところです。
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